戯曲「Answer to You」

(「朝比奈みくるの消失」を考えてみました)

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2.アニメで分かる 2-1.時間=映像フィルム 2.果たしてあなたは

2.アニメでわかる時間平面理論の基礎(なぜ3年前の七夕にキョンは存在できたか)

「なんか漫画でわかるシリーズみたいなタイトルだな。教材にアニメでも使うのか」
「あはは。ええ、ある意味では」
「ある意味ってなんだよ」

問2:
 時空改変を受けて起きたこと、起きなかったことは何?それはなぜ?
 (特に、朝比奈さんが一般人化したことで『7月7日に3年前へ向けて時間跳躍したこと』は消えたはず。なのに『3年前にキョンと朝比奈さんが来た』ことが残って、『消失』のキョンがそれを目撃できたのはなぜか)



「さて、まずは問2への回答を。長門さんが改変した範囲に含まれない時期に起きたことは、一律に起きています。
 長門さんが改変した範囲内の出来事は……まあ長門さんが消すべく設定したもののみが消えたはずですが、『笹の葉』の時間跳躍はまず間違いなく消えたものに含まれるでしょうね。改変によって朝比奈さんが時間跳躍能力も時間跳躍する動機もなくしたのですから」

「それだよ。俺自身が当事者だが、その『一律に起きた』ってのがさっぱり分からん。だって、俺と朝比奈さんが3年前に行ったのは、7月7日に時間跳躍したっていう原因があってこそだろ?原因が消えてなんで結果が残れるんだ」

「原因と結果の間につながりがあると考えるからややこしくなるんですよ。つまり、発想の逆転が必要なのです」
「「異議あり!」とでも唱えてみるか?」
「はは。その異議、通すためには証拠を突きつけなければなりませんねえ」

「そう、論よりも目の前の証拠です。現に原因が消えても結果が残っていた以上、『原因が消えること』は『結果』に影響を与えていないと見るべきだ」
「……原因結果の法則は、世を貫く一大法則だと思うんだが」
「ルールなど、一夜にして変わることもありますよ」
「やめてくれ。そういうデタラメはもうお腹いっぱいだ」


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2-1.時間=映像フィルム(『時間はデジタル=本質的には不連続』への理解)

■時空改変=「『笹の葉ラプソディ』を一部削除してお送りします」!?

「ふむ。それではさっそくアニメを使って解説していきましょうか。ここにアニメ『笹の葉ラプソディ』が収録されたフィルムがあったとします」
「忘れた頃にいきなりメタ視点きた!というか上のサブタイトルはなんなんだよ」

「便宜上、朝比奈さんがあなたを連れて時間跳躍するシーンまでを前半、3年前の七夕にたどり着いてからのシーン以降を後半と分けましょう。さて、ここで問題です。このフィルムのうち、前半部分を丸ごと削除し、その上で上映すると何が起こるでしょうか?」
「しかもツッコミ華麗にスルーだし!」
「話が進みませんからツッコミは程々に抑えていただきたいところですね」
「ちっ……『消失』の時空改変で消えたであろう部分を、削除するのな?……そりゃお前、前半を削ったらいきなり後半の映像からスタートして最後まで行って終わるだけじゃないか?」
「その通り。そしてそれこそが答えです」

「……お前ちょっとは自重しろよ。説明を入れろ。実は俺たちがいるのはアニメフィルムの中だったんだよ!なんだってー!?とか言い出すんじゃないだろうな」
「アニメ化ならとっくの昔にしているじゃないですか、というメタフィクショナルな視点の話を抜きにしても、そういうことですね」
「なんだってー!?」

「ふふ、残念ながら僕はどこかの編集者のように超理論を展開しているつもりはありません。『消失』において、これはもちろん作品世界内においてという意味ですよ、『消失』において起こったことは、フィルムの削除と似たことだということです。時間の流れとはそうした性質をそなえているのですよ」

「そう、ずばり直球で、朝比奈さんが答えを言ってくれているでしょう?『憂鬱』で」

「アニメーションを想像してみて。あれってまるで動いているように見えるけど、本体は一枚一枚描かれた静止画でしかないんですよね。時間もそれと同じで、デジタルな現象なの。パラパラマンガみたいなものと言ったほうが解りやすいかな」
「時間と時間には本質的には連続性がない」(『憂鬱』P145〜146)

「これを、具体的な作品のフィルムを持ち出して言い換えたのが、先ほどの僕の説明なわけですです。つまりですね、時間の性質、つまり時間がデジタルな現象であるということを理解したければ、アニメーション、もっと言えばアニメーションフィルムというものがどういう性質なのかをまず理解すればいいのです」


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■アニメーションフィルムでわかる、時間平面の性質の基礎

「アニメに限らず映像フィルムの性質、というのがどういうものか、あなたは考えてみたことはありますか?」
「そんなもんをつっこんで考察したことがあるほど暇ではなかったな、俺の人生」
「そうですか、そんなに暇ではないあなたの人生の一部を僕と過ごす時間に割いていただいて光栄ですよ。ま、それでは、ひとつひとつ考えていきましょうか」

「映像フィルムというのは全体の流れを見ると連続した映像ですが、……1フレームずつに注目して見ると、それぞれが独立した1枚の静止像です。人物、背景、エフェクトなどなど……そのフレームの内容を構成する要素はすべてフレームの中に焼き込まれ、絵として完結している。たとえば背景だけは別のフレームのものを参照しているなどといったことがありませんね?」
「うん、まあそこくらいはちゃんと分かるぞ。たぶん。フレーム1つ1つが、レイヤーを全部統合して1枚にした状態の画像ってことだろ?」
「ああ、そのたとえは分かりやすいですね。そういうイメージです」

「そう、だから、あるフレームを消したからといって、他のフレームの内容まで連動して勝手に消えたり変わったりはしません」
「そんなホラー現象が起こったらハルヒが喜んで踊り出すし、俺はあの文化祭の映画の編集の時に倍は苦労しただろうよ」
「ああ、そういえばあの時はお疲れさまでした」

「そうだ、映画の編集作業をしたのなら、お分かりでしょう。特定のフレームの内容を変えるには?」
「もちろん、目当てのフレームに描き込むなりフレームを切り貼りして差し替えるなりだな」
「その通り。その時、編集されたフレームの隣にある、編集していないフレームは?」
「もちろん変わるわけがない」

「そうです。例え隣り合うフレーム同士の内容がどうなろうとも、お互いのフレームの内容は影響を受けない。フィルムの性質はそういうものです」
「見てる側はもし途中で脈絡がないもんが映ったらどうしたとは思うかもしれんがな」
「ええ、でもそれはあくまで鑑賞者が勝手に抱く感想にすぎません。フレームの中身自体は互いに影響しあわない、そこがポイントです」

「さあ、そろそろ見当が付きませんか?」
「……ああ。何となく分かった気がするぞ。時間平面1枚がフィルムの中の1フレームなんだろ?フィルムの1フレームずつがそれぞれ絵として完結してるように、時間平面も独立して完結してると」

「はい。その通りです。まあ時間平面の情報量はフィルムよりはるかに多いですがね。フィルムのフレームだと1枚絵分の情報だけのところを、時間平面はその時点での世界丸ごとを情報として持っていることになるので。とにかく、重要なのは隣の時間平面が時空改変で削除されようが書き換えられようが、影響を受けないということです」

「つまり時空改変したきゃ、改変したい時間平面を直に編集しないとならんわけだ。近隣の時間平面だけ編集してもダメ。なら、長門の時空改変範囲に含まれなかった3年前の七夕の出来事はそのまま残ってるのが道理だな。そこは編集されなかったフレームなんだから」

「そうです。さすがですね。先ほどの『笹の葉』の例でいきますと、前半を削除したからといって、後半の内容は影響を受けません。フィルムの一部が削除されていようと、残っている部分のフィルムに収録された通りの映像と音声が流れる。時間も性質は同じなんです。ゆえに、3年前の七夕は時空改変の影響を受けなかったわけです」




「なるほど、つまりは時空改変で7月7日が消えたってのは放送事故でアニメの前半だけ放映されなかったみたいなもんだと受け取ればいいのかね」
「ははは。そして事故によって前後の脈絡が途切れた映像を見て、あなたはどういうことなんだと一喜一憂しているわけですね。クレームの電話を入れる前に僕に相談したのは賢明です」
「クレーム入れる先がねえよ、そもそも。……まあ、長門に説明してもらったんじゃ、まず理解が追っつかなかっただろうしな」


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2-2.果たしてあなたは昨日も『あなた』だったか?(主観と客観と世界の関係)

■『消失』でキョンの上にも生じた矛盾

「ん?ちょっと待てよ?」
「どうしました?」
「時間がアニメーションフィルムで時間平面はその中の1コマ、フィルムを途中で切り取ろうとフィルムに収録された内容は変わらん、ここまではまあ理解できた。だがな、今ひとつ分かりそうで分からないことが出てきた」
「はい、なんでしょう」

「俺だ。7月7日当時の俺は、特に時空改変とかの異常を感知することもなく3年前に行って三年寝太郎して7月7日に帰ってきた。そういう記憶しかない。俺が3年前に跳んでる間、過去が消えてたのに俺の中の過去の記憶は消えなかった、つーのがいまいち理解できん」

「ああ、なるほど……それはつまり、あなたは本当の意味では時間の性質を理解しきれていないということですよ」
「というと?」

「時間がデジタルな現象である、イコール、時間的側面から見たあなたもデジタルな現象ということです。フレームに映った画像の一部分にだけその性質が適用されないなんてことはないでしょう?同じく時間平面上に存在するのにあなたにだけその性質が適用されないなどという道理もありません」

「デジタル……アニメと来てデジタルでしかもとうとう現象扱いか……なんか人間の尊厳とかそういうものが次第に目減りしていくのを感じるな……」
「ははは、原作からして二次元媒体で、今もテキストデータでしかない僕らです。今さらですね」
「……ひどいぶっちゃけを見た!絶望した!もっと人としてのプライドを持てよ」
「いやあ、ぶっちゃけと言うなら、そもそもあなたの開口一番のツッコミからしてぶっちゃけていたじゃないですか、この戯曲。今さらですよ」

「まあ話を戻しまして。問題の切り分けをしてみましょうか。まず、時間がデジタルな現象であることは納得できていますね?時間平面とは1枚1枚が映像フィルムの1フレームのように独立して存在しています。成立に必要な情報はその中に全部持っている。どこかよそに預けられたりはしていません」
「おう。そこは分かる」
「でも、あなた自身の記憶は例外だ、もっと言えばあなたの過去は例外だ。そう思っているわけですね?それはなぜですか?」

「いや、だって、俺は過去を現に忘れなかったわけだし、『消失』でまるっきり記憶通りの俺自身の姿を目撃すらしたんだぞ」
「ふむ。……つまり、覚えているから過去が消えたわけが分からないんですね?」

「ではこういう角度からの説明ではいかがでしょう。先ほど、朝比奈さんの時間軸上での動きをどう捉えればいいかについて、図解しましたよね。あの時、朝比奈さんのことを1本に繋がった存在として捉えたのでは問題は解決しない、という趣旨を図説しました。あなたについても同じことが言えます」
「というと?」

「あなたはあなたの歴史・記憶を1本のアナログな糸のように認識していますよね?生まれてから子供時代を経て今に至るまで。時間の流れの中で自分は一貫した存在だと感じているはずです」
「ああ、まあな。記憶もあるし親もいるし、ガキの頃こさえた傷跡も残ってるし」
「しかし、実際にはお話ししたように時間的な存在のしかたはデジタルなわけです。単体で成立できるフレームのような存在。……分かりますか?」
「いや分かりますかって言われてもな……単体で成立って……ん?」
「気づきましたか?」

「たぶん。映像フィルムの1フレームは成立に必要な情報は自分で全部持ってるんだったな。時間平面もその中にいる俺も同じ……さっき、時間平面の情報量はどうだって言った?『時間平面はその時点での世界丸ごとを情報として持っていることになる』?」
「はい」
「つまり、本当に全部、俺の存在含めて丸ごと、過去の記憶まで?」
「正解にたどり着きましたね。そうなんです。1枚の中に、あなたの『過去に関する情報』も、時間平面は持っている」

「つまり、あなたは記憶を覚えているという情報がその時点の時間平面にあった。その情報が、時空改変の影響を受けなかったのでそのまま残っていたんです。これをあなたの主観で解釈すると『笹の葉』時点でのあなたは何も忘れず、従って時空改変にともなう異常も知覚することはなかった、となるのですよ」

「なんてこった。背後ですったもんだがあっても耳が聞こえなくて後ろを振り向けもしないから気づかなかったようなもんじゃねえか」
「そうですね、我々は背後の過去をばっさり切り取られても、そのように気づかず平気で存在し続けられるものなんです。世の中原因があって結果があり、過去があって現在があるはずなのに……このパラドックスについてもう少しお話ししましょうか」


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■けれどあなたはここにいる

「僕が以前にお話ししたことを覚えていますか?」
「どのくらい以前の話だよ」
「『憂鬱』166〜167ページです」
「ページ数で言っても分かるわけねえだろ、略すな!……ああ、お前が俺に超能力者だと明かした時のな」
「あなた、ツッコミのポイントがずれてきてますねえ……慣れですか」

「もし、あなたを含める全人類が、それまでの記憶を持ったまま、ある日突然世界に生まれてきたのではないということを、どうやって否定するんですか? 三年前にこだわることもない。いまからたった五分前に全宇宙があるべき姿を用意されて世界が生まれ、そしてすべてがそこから始まったのではない、と否定出来る論拠などこの世のどこにもありません」(『憂鬱』P166〜167)

「そう、僕のあの話も、ある意味で時間の性質の一端を表していたわけですね」
「あー、これな。……今回の話で行くと?実は俺がたった今、あるいは3年前の7月7日にあるべき記憶を持って生まれた可能性もあると?」
「まあその可能性も否定はできませんね」
「んなアホな……とは言下に否定は出来んな。時空改変のややこしさを経験した身としては」

「そう、アホに見えても理論上は否定できません。……僕たちはつい『過去を覚えている・過去を示す情報がある』ことを『その情報通りの過去が実在する』ことと混同しがちです。
 しかし、実際は過去なんて存在しないかもしれないし、あるいはまったく違う過去が存在するのかもしれない。過去を直接見に行けない限り、そんなことは分かりようがない」

「時間平面は過去の情報含めた世界全体を情報として保持しているものですが、『本質的には連続性はない』ものでもある。過去の時間平面の情報を正しく引き継いで記録してくれているという保証はない。つまり僕たちが今こうして話している話題も、過去にあったと思い込まされているだけなのかもしれないし、過去の世界は現在とまったくつながりのない様相だったのかもしれない」

「……なまじ理屈をこねくり回せる頭がある奴はこれだから困る。理論上ではそうかもしれんがな、お前、そんなこといちいち考えてたらおちおち生活できんぞ」
「まあ、そうですね。僕も普段からこんなことばかり考えているわけではないですよ。それほど暇でもないので」
「…………そんなにお暇でもないお前の人生の一部を俺と過ごす時間に割いていただいて実に光栄ですねまったく」
「ははは」

「……ま、これが逆説的に、我々は過去だけを後から抹消されても存在し続けることが可能である、ということにもつながるんですよね。だからあなたは3年前の七夕から消えなかったし、おかげで『消失』では時空改変から復帰できました」
「……まあな。自分の身の上で起こったことかと思うと不思議な感じもするが」
「ふふ、世の中とはなかなかどうして不思議に満ちていて飽きないものですねえ」

「……感傷や希望的観測などでなく」
「ん?」

「感傷や希望的観測などでなく事実として、過去を消そうとも残る確かなものがある、ということです。過去はどうだろうとその瞬間、あなたは『ここにいる』。――この不思議が、『消失』や『笹の葉』、ひいては『涼宮ハルヒシリーズ』を貫いている物語の鍵でしょう?」

「…………くさいことを言うな。5点だ」
「おや、ちょっと自信があったんですが。残念」


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3.余談あれこれ



2.アニメで分かる 2-1.時間=映像フィルム 2.果たしてあなたは

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