戯曲「Answer to You」

(「朝比奈みくるの消失」を考えてみました)

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終わりに:果たしてあなたは明日も『あなた』か?

ト書き:古泉とキョンが帰り支度をしている。

「すっかり遅くなっちまったなあ。外真っ暗じゃねえか」
「日が落ちるのも早くなりましたしね。まあ、実に有意義なおしゃべりでしたよ」
「まあ俺も疑問は解消したからな。とりあえず有意義と位置づけてもいい」
「おやおや、あなたにそう仰っていただけるとは。破格の評価ですね」
「お前の中で俺はどんな辛口評論家なんだ」

「……そういえば、気づいたんだが。お前の『朝比奈さんは女優』のたとえ、ひとつ穴があるな」
「おや、たどり着かれてしまいましたか、名探偵」
「アホ」
「まあ、朝比奈さんA、朝比奈さんA’、朝比奈さんA’’3人の関係を理解していただくためのたとえですからね。そう、役は存在しても、本質的には女優など存在しません。つまり、『背負った役割や設定がどうあれ、一貫して存在する実在としての朝比奈さん』などというものは」
「……やれやれ、つくづく人の存在の根幹をつっつくのが好きな戯曲だな。俺たちみんな、ただの登場人物か」

「そのようなものですね。さっきのゲームのルールの話ではありませんが、『この時間平面上に朝比奈さんが何らかの形で必ず存在していなければならない』などというルールは、どこの時間平面にだってないのです。朝比奈さんが他の誰かに変わったところで同じことだ」

「少なくとも時間平面上の情報を大規模に改竄できる力を得た長門さんにとっては関係ない。ルールそのものを改変して、朝比奈さんが登場するという設定を削除することだってできたのですから」
「……それをしなかった長門には心から感謝したいね」
「ええ、そうですね。そう――時間平面上には長門さんが縛られるべきルールはなかった。そのルールは、長門さんの心の中にこそあったんです」

「…………くさいセリフだ。3点」
「おや、残念。やっぱり辛口ですよ、あなた」
「うるさい」

「さて、それでは帰りますか」
「おう、電気消すぞ」

ト書き:明かりを消そうとしたキョンの手がスイッチの上で止まる。

「……心の中にこそあるルール、ね」
「まあ推測するまでもなく、涼宮さんの中にだって、朝比奈さんの中にだって、あるんでしょうねえ」
「お前は?」
「そう言うあなたは?」

「質問に質問で返すなバカ。……ルールは、一夜にして変わることもあるんだったか?」
「さて、どうでしょうねえ。いろいろ予想ができそうでできないこの世界です。いえ、そもそも明日も世界が続いてるかどうかさえ保証がない」

「というより、この戯曲が終わった後に世界が続いてるかどうかすら怪しいものですが。部室を出たら、舞台裏で役を脱いではいお疲れさまでしたーと打ち上げをする僕らがいるかもしれませんよ」
「お前な、一応シリアスな雰囲気になってるときにそういうぶっちゃけやめろよ。空気読め」

「……ぶっちゃけは抜きにしても、明日世界が変わったり、終わったり、僕たちの中身が書き換わったとしたって、書き換わった後の僕たちにそれが認識できるはずがないのです」
「認識できないから今の俺たちにとっちゃ関係ない、知ったこっちゃないってか?」

「そんな感じです。明日過去になった今日のいまが奇跡、って言うでしょう。僕たちは今を生きればいい」
「……お前な。畑さんが嘆くぞ。そんなやけっぱちに使われたら」
「やけっぱちに聞こえますか?僕たちはどうやったって『今』がすべての生き物です。あなただって、『消失』を経て『今』を選んで、ここにいるんでしょう?」

「…………まあ、な」
「ではそれでいいではないですか」
「……ちっ」

ト書き:キョン、明かりを消す。

「先に出てください。戸締まりしますから」
「おう」

ト書き:古泉がドアを開けて待つ。キョン、その横を抜けてドアをくぐる。

「……一瞬前と一瞬後はどうか知りませんが」
「ん?」

「『今』のところ、僕のルールに変更はありませんよ。以上で、答えになったでしょうか?」
「…………」



「もったいつけんなよ、バーカ」




ト書き:2人がドアを出て行く。



ト書き:ドアが閉まる。施錠の音。




ト書き:パタン。ガチャガチャ。これにておしまい。







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