とある一家と、エスパー少年(そのおきにいり)

余談:その時、歴史が動いた(のかも)


 その後のことを、少し話そうか。
 俺と古泉は相変わらず奇妙奇天烈で、そこそこに良好な友人関係のままだ。
 ただ、まあ、古泉がうちに飯を食いに来る頻度はさらに増えたし、休日にSOS団の集まりでなく、2人だけで出かけることもたまにはある。もちろん、ただの友人としてのお出かけだ。勘繰るな。
 ちなみに俺と古泉が出かける度に妹がついてきたがるが、今のところすべて振り切っている。俺にしては珍しい快勝だ(まあ先だってのトラブルに多少の責任を感じたらしいお袋が、今のところ俺の意を汲んで妹を止めてくれてるからなんだが。ちなみに親父はダメだ。娘にてんで甘い)。
 その都度「キョンくんのけちー!」と妹はむくれているが、ケチでけっこう。俺は古泉のことならかなりケチになれる自信があるぜ。
 代わりに古泉と遊びに行った日は例外なく奴を飯に呼んでいるのでそれで勘弁しとけ、妹よ。
 さて、今日も今日とて一緒に坂を下りながら、恒例の問いかけを隣に投げる。
「おい、今日はうち来るのか」
 古泉は口元に手を当て、うーん、そうですね……、などと考え込んでいる。
 お前、最初に誘ったときもそうだったが、俺が飯に誘うと時々そうやって考え込むよな。その間はなんなんだよ。
 いつもゼロ円スマイルなハンサム顔が、このときばかりはけっこう真剣だから、ずっと気になってるんだ。バイトかデートのスケジュールでも思い出してんのか?
「いえ!そういうわけでは……」
 古泉はそう言って慌てたように言葉を濁す。……よけいに気になるじゃねえか。
「ええと、その」
 ほら言え。吐けよ。ちなみにマジでデートだったらフルボッコな。
「いえ……僕の家の冷蔵庫に、」
 お前んちの冷蔵庫に?
「……賞味期限の近いものや、そろそろ傷みそうなものは、入っていなかったか、思い出して確認していたんです」
「…………」
 この野郎。
 つまりアレか?俺が「飯食いに来い」と言う度に、冷蔵庫の中身を検索してたのか。もしやばそうな食い物が残ってたらその始末のためにお断りされてたというのか。
「あなたも自炊するようになれば分かりますよ。一人暮らしにおいて、食料をもてあましたり、ましてや傷ませてしまうことがどれほど厄介か」
 いやそれは一応分かるさ。食べ物は大事にしなきゃならんし、食いもん腐らせたら片付けるのは自分だもんな。ああ、そうだよな。
「……分かると仰るわりに、ずいぶんとご機嫌斜……痛いですよ」
 俺はすかさず古泉の頭にチョップを入れて黙らせた。うるさい。つうか嘘でもいいから否定しろよ。
 すると、女子2人を引き連れて前を歩きながら、後ろの俺たちのことなど気にもとめずに談笑していたはずのハルヒが振り向いて、「ちょっとキョンー!また古泉くんに意地悪してるんじゃないでしょうね!」と声を張り上げた。
 そんなに賑やかに殴ったわけじゃねえのに後ろに目でもついてんのかお前は。違うっつうの。
 ……いや、その節はすまんかった。女子組には古泉との仲違いの件で心配かけたことはきっちり詫びを入れた。その際に団長様の大変慈悲深い裁定により、当分の間市内探索の時は待ち合わせ場所への到着順にかかわらず俺のおごり、ってことで勘弁してもらえたわけだが、そんなもんは元からだろうという気もしないでもない。
 というかだな、はからずも「古泉んちの食料の賞味期限>俺の誘い」という不等式を発見してしまって、ちょっとアレな気分ではあるが、別に不機嫌ってほどじゃないぞ?面白くないとは思うが。
「そう仰るだろうと思うから黙っていたんですよ」
 うるさい。またチョップ食らわすぞ。
 というかなにか。もしも最初に俺んちの夕飯に招待しようとしたあの日、古泉の冷蔵庫に賞味期限のヤバイ食い物があったら、理由をつけてお断りされてたってことか。
 ……そうしたら、俺は多少気持ちがくじけてしまって、それ以降古泉を誘うのをためらうようになったかもしれない。きっと。おそらく。出鼻をくじかれるってのはでかいもんだからな。
 そうなったら、俺と古泉の距離は、今ほど縮まることもなくここまで来てしまっていただろうか。
 なんてこった。古泉んちの冷蔵庫の中身が(主に俺的に)こんなにでかい分岐点になってたとは。
「あの、なんというか、すみません」
 脳内でぐるぐると考えをめぐらせる俺の様子がよっぽどアレだったのか、古泉が笑顔を申し訳なさそな色に変化させた。
 うるさい。そう思うんなら隠し通せよな、そういうことは。言わせといてなんだが。
「というかだな、結局今日は来るのか?来ないのか?」
 俺がヤケクソぎみに問うと、古泉はにこりとして小首をかしげた。
「そうですね……実は、昨日新川さんからいただいた煮物があるので、」
 なんだと。新川さんってあの新川さんか。そういやあの人夏も冬も合宿では料理人を務めてその腕前を遺憾なく発揮してくれたもんな。っていうか新川さんとおかず分けてもらうような付き合いしてんのか。どこのご近所づきあいだ。
 って、そうじゃない。今はそんなことより、「古泉んちの食料の賞味期限>俺の誘い」の不等式がいよいよ発動するということか。
 古泉の野郎は、何がおかしいのかにこにことしながら、茶目っ気たっぷりにウインクする。
「……あなたのお宅に、お裾分けとして持っていきますよ」
 ……そうかそうか。お袋は喜ぶだろうな。妹も、親父もだ。あの新川さんの作った煮物ならさぞおいしかろう。今日の食卓の沸き返る様子が目に浮かぶようだぜ。
 とりあえず、俺はもう一度奴の頭にチョップをくれてやったのだった。



(2010.01.27)
(プロットその他協力:けいさん。感謝!)