とある一家と、エスパー少年(そのおきにいり)

転:どうにもならない、意地の話


 以下は、俺のあずかり知らぬところで為された会話である。


「あの子、やっぱり土曜日に置いてけぼりにされたので拗ねてるのかしら」
「あれから古泉くん1回も来てくれないしい、キョンくんも古泉くんの話したらものすごーいムッとしたこわい顔してたんだよ」
「もー、おとなげないわねえ。当たらなくたっていいでしょうにねー。困ったお兄ちゃんだわ」
「古泉くんが来てくれないのもやだけど、キョンくんが優しくないのもやだな。……古泉くんと仲直りしてって言ってみようかな」
「やめといたほうがいいぞ。こういう時は何か言ってもよけい意固地になるから。お父さんもあのくらいの年の頃は、横からああしろこうしろ言われるのが一番嫌だったしなあ」
「でもー、あの子のことだからほっといたらほっといたでやっぱり意地張り続けるんじゃないかしらね。飄々としてるようでけっこう頑固でしょ?誰かさんに似てー」
「おいおい、俺はあそこまでじゃなかったって!……まあそれはともかく。あいつだってもう高校生だぞ。友達とのケンカに親がしゃしゃり出るなんて、なあ」
「それを言ったら、あの子が拗ねてるのは私たちがしゃしゃり出てあの子の頭越しに古泉くんと仲良くしすぎたせいもあるんじゃないかしらー。その分の責任は取るべきじゃない?」
「うーん……」
「にゃーん」
「シャミも早く仲直りしてほしいー?そーだよねー」
「シャミがほしいのは仲直りよりごはんじゃないかしら。どれ、ちょっと待っててねー」


 俺はこれを後日家族の口から要点だけかいつまんで聞かされたわけだが、まあ好き勝手言ってくれたもんである。
 しかも俺の性格とこじれの要因を的確に把握して下さっていて、ありがたい限りだねまったく忌々しいったらないぜ。


 春まだ遠き。季節が冬なら俺と古泉の間も冬で、冷戦状態だった。
 というより、俺が一方的に古泉を遠ざけているんだがな。
 ただし、休みの日にだらだらしてて家族の外食に置いてかれた、なんてのは別に初めてじゃないし、そこまで怒ってないさ(いや、あれはあれで苦い思い出だけどな。紙幅を割くのもどうかと思うし今は置いておく)。
 単にタイミングが悪かったのも分かってるつもりだ。……分かっちゃいても、古泉が俺より俺の家族を取ったように思えて、悔しかったのだ。
 馬鹿な話だ。
 というわけで、俺は実に大人げなく、古泉が土曜日の件の謝罪と言い訳を並べようとするのを遮って、部室ではひたすらに長門推薦の厚物SFと格闘するのが日課になりつつあった。
 文芸部室に、ポットのお湯が沸く音と、PCの稼働音とストーブの稼働音。そして、時々響く、紙を繰る音。あるいはマウスのクリック音。そして遠くに聞こえる演劇部の発声練習。
 静かだった。普段なら俺と古泉がゲームをしながら多少なりと会話をしているし、ハルヒがろくでもないことを思いつけば賑やかどころの騒ぎじゃなくなるんだがな。
 視線だけで古泉を見やると、詰め将棋に取り組んでいる。取り澄ました笑顔だが、最近じゃこいつの笑顔にも何種類かバリエーションがあることが分かってきた。
 内心俺の態度に困ってるだろ。ざまあ見ろ。もっと困れ。
 そんな感じで放課後を過ごし、帰り道のハイキングコースを下る間も無言。
 さすがにこんな状態が2、3日も続けば、当然黙っていない奴がいるわけで。
 坂を下りきり駅前に着いた。長門はここでお別れ。そんじゃあ電車に乗りましょうかね、ときびすを返しかけたところで襟首をむんずと掴まれた。
 ぎょっとして見ると、ハルヒだった。
 おいおいやめろよ、去年の春のお前の思いつきと机の角に頭ぶつけ事件を思い出して心臓に悪い。
 ハルヒはそのまま無言で俺を物陰に引っ張っていく。朝比奈さんや古泉は、気づかず行ってしまったようだ。
「ちょっとキョン。あんた最近どうしたのよ」
 襟首から手が離されて、俺が向き直るのも待たず、ハルヒは言った。内容ゆえかひそひそ声だが、顔は今にも怒鳴り出しそうにおっかない。
「何の話だよ」
「とぼけんじゃないわよ。今週に入ってから古泉くんのことそれとなく無視してるでしょ。小学生じゃあるまいし、子供っぽいことしてんじゃないわよ。……ケンカでも、したの?」
「別に」
「別にってことないでしょ!何があったか知らないけど、いい?早急に仲直りしなさい」
 ムッと来た。
「関係ないだろ。俺と古泉の間のことだ」
「関係あるわよ!あたしは団長で、あんたも古泉くんもあたしの団員でしょ!仲違いってのは周りも巻き込むもんなのよ。みくるちゃんも有希もあんたたちの空気の悪さ、感じ取ってるわよ」
 ちっ、まったく嫌なことを言う。そうだな、正直朝比奈さんがお茶をくださるときにやや気後れなさってるのは感じてるさ。
「そうかい、そいつは悪かったな。……だが、お前の指図を受けるいわれはない。何があったか知らないならほっといてくれないか」
「なっ……」
 まったくひどい言いぐさだな、俺。
 だがハルヒにだけは言われたくなかったのだ。古泉はおまえのために色んなものを捧げてるんだぜ。いざとなったら古泉に最優先扱いしてもらえるお前にだけは指図されたくない。
 おっかないながらも気遣わしげだったハルヒの顔が、みるみるゆがむ。
「この!バカキョーン!」
「うわっ、いて!痛い!」
 いきなりローキックがすねに決まって、たまらずうずくまる。おいおい、こういう時はせめて手を上げるとかだろ。まったく予想しない死角からの攻撃で、構える暇もなく食らっちまった。いてえ。
「もう知らない!勝手にしなさいよ!」
 ハルヒはそう言い捨てると、どすどすと音を立てそうな勢いで駅の改札口の方へと消えていった。


 そんなことがあった翌日のことである。
 団活が終わって朝比奈さんの着替えタイムを待つ間、俺にシカトこかれて以来おとなしかった古泉が話しかけてきた。
「昨日、駅で涼宮さんとあなたと別れた後に、閉鎖空間が発生しました。……心当たりは、ありますね?」
 ……おうともよ。ハルヒのあの様子ならまず間違いなく閉鎖空間発生神人大暴れコースだろうとは思ってたな。
「できれば、涼宮さんを刺激するのは控えていただけませんか。土曜のことでしたらいくらでも謝ります」
 その言いぐさに、俺がぴきんときたのは言うまでもない。
 ほほーう、面白いな。それはハルヒのご機嫌斜めを治したいから俺のご機嫌を取る、と言ってるも同然だぜ古泉。
 古泉は俺の言葉にはっとする。が、もう遅い。
「すみません、あなたを蔑ろにしようとしたわけでは」
「お前らの都合良く動くなんざご免被るね。……先帰るわ」
 幸いにしてカバンは持って出ていた。それを肩に引っさげ、古泉の方を見ないようにして歩き出す。古泉を見たら平静にしている自信がまるでなかった。
 部室棟を抜け、玄関にたどり着き、靴を履き替える、校門を出てからは駆け足になりそうなくらいの早足で坂を下り、駅について電車に乗り込む頃には、息も切れ切れ、汗だくだった。
 何をやってるんだかな。
 そのうち呼吸が落ち着き、汗が引いてくると、寒くてべたべたして、肌が気持ち悪くなった。
 まるで俺の気持ちと一緒だ。薄ら寒くて、べたべたと心にまとわりついてくる。
 俺は古泉の特別じゃないのに、しかも特別にさせてくれと言い出せもしないくせに、特別に扱ってほしくていつまでも拗ねている。
 ハルヒの機嫌を損ねれば古泉に負担が掛かると分かってるのに、いったん張った意地は、どうにもならない。
 ……はー、ちくしょう。こんなのは俺のキャラじゃないってのに。
 それもこれも全部全部、古泉の野郎のせいだ。もうそろそろなんかの権利の侵害で訴訟が可能になるんじゃないか?いっそ出るとこ出てふんだくってやりたいぜ。
 鬱々とした気持ちで家にたどり着く。
「ただいま」
「おかえりー。……元気ないわね、お兄ちゃん。どっか具合でも悪い?」
 なぜか、いつもは声だけ掛けてくるお袋が、俺の帰宅に気づいて玄関まで出てきた。
「別に」
「……そういえば最近古泉くんスーパーで見かけないわー。元気にしてるの?」
「さあね」
 ……どうやらお袋にはいろいろ勘づかれ始めているらしい。まいったね、母親の勘恐るべし。
 と、思ったら、仕事から帰宅してきた親父が何度も物言いたげな視線をちらちらとこちらによこしては結局何も言わないという非常にうっとおしい攻撃をしてくれた。勘づいてたのは我が家の主婦だけでなく企業戦士もか。
「ねえキョンくん……」
 しかも夕飯後、2階に上がろうとした俺を、妹が呼び止めてきた。
「なんだよ」
 妹は、シャミセンをぬいぐるみか何かのように腕に抱きながら、俺を見上げていた。上目遣いに、眉を寄せて。まるで俺にしかられる時みたいな顔だ。
「古泉くん、もううちに来てくれないの?」
 妹よ、お前もか。
 ……さあね。俺に聞くな。お袋がスーパーでばったり会ったら連れてくるんじゃないか?
「キョンくんがうちにおいでって言ってくれればいいじゃん。学校で会うんだから。あたし、また来てほしいよ……」
「俺は別に来てもらわなくてもいっこうに構わんね。……話はそれだけか?」
 そう言うと、妹は眉をきゅうっと寄せて、同じくらいシャミセンをぎゅうっと抱きしめた。おいおい、さすがにそれはシャミが苦しいんじゃないか?というツッコミを俺は口にできなかった。
「……キョンくんのばかっ!」
 妹が身を翻し、リビングへ駆け戻っていったからだ。
 ……そうだな、俺は馬鹿かもしれん。まったくもって。


(2010.01.23)