とある一家と、エスパー少年(そのおきにいり)

結:どうにかしてみた結果がこれだよ!


 前回春まだ遠きとか書いたが、遠いどころか季節が逆戻りしてんじゃないかと思うくらいに、いろいろ寒かった。
 気温の方もそうだが、それ以上に人間関係にブリザードが吹いてやがる。
 俺が古泉をシカトし始めたのが月曜日、それから2、3日経ってハルヒにローキックを食らい……いやこれはさすがに失礼な省略だな。俺がハルヒの諌言を蹴って、ハルヒが俺のすねを蹴り飛ばした。
 あれ以来、教室の後ろから一番目と二番目の席で俺たちは不機嫌を貫き続け、谷口のアホやら国木田に痴話喧嘩かと心配される始末だ。
 部室に行けば朝比奈さんがおろおろおどおどしながら心配そうに俺とハルヒを見比べ、長門は我関せずに見えて、ときどき本から顔を上げて俺をじっと見ている。その視線は諌めるようでもあり、それでいいのかと問いかけているようでもあり、実にいたたまれない。
 そして肝心の古泉と言えば、バイトを理由に団活を休んでいた。
 まあそうだろうよ。俺とハルヒの間がケンカ状態になったせいであいつは今ごろ後始末に追われてるに違いない。
 仲違いは周りを巻き込む、と言ったのはハルヒだが、まったくその通りだ。
 巡り巡って一番割りを食ってんのが古泉というのが何とも言えない。


 気がついたら、また金曜日。
 先週の金曜は適当に賑やかに放課後を過ごして、みんなで一緒に帰って、家に帰ったらのんきに居眠りこいて、古泉と一緒に飯食って、とやっていたはずだ。
 帰り道の坂をいつものメンバーで下るが、今は古泉だけがいない。
 前を歩く女子3人も黙りこくり(長門に関しては黙りこくってるのがデフォルトだが)、気まずいことこの上ない。
 ……この道で、最初に「うちに飯食いに来い」と言ったとき、俺は少しでも古泉のためになることがしたかったんだよな。うるさい、誰だ下心がどうとか言った奴。
 ちゃんと飯食って、元気でいて、いつも通りのスマイルを浮かべて、やくたいもない蘊蓄を楽しそうにくっちゃべっていてくれたら……俺はそれを聞き流すふりをしながら、そうやって過ごす時間が嫌いじゃなかった。
 そういう時間がずっと続けばいいと思った、その気持ちを下心と呼ぶなら、まあそうなのかもしれない。
 ……で、結局、自分で自分の下心をぶっつぶしてんじゃねえか。馬鹿だ。
「キョン」
 坂を下りきって駅まで来たとき、ハルヒがくるりと俺の方を向いた。
「……なんだ」
「あんたのその顔、マジでうっとおしいわ」
 そうかい。俺も最近は鏡を眺めてはお前と同じ感想を持つぜ。ただでさえしょっぱい十人並みな顔立ちだが、このところは残念さに磨きがかかってやがる。
「ふん。……どうせあんたはまた怒るでしょうけどもう一回言うわよ。とっとと古泉くんと仲直りして、そのうっとおしい顔なんとかしなさい!月曜日までによ!いいわね!」
 ハルヒは一息に言い捨てると、じゃ、解散!ときびすと返し、はらはらしながら見守っていた朝比奈さんを引っ張って改札口へと足早に去っていった。すみません朝比奈さん。
 その場に残った長門を見ると、しばらくハルヒの後ろ姿を見守っていたが、やがて俺に視線をよこした。例の、問いかけるような視線。
 しばらくじっと見つめ合った後、長門は不意に視線を外して自宅のマンションの方向に歩き出した。……心配かけて悪いな、長門も。
 いいかげんどうにかするべきかもしれない。そう思いながら俺も電車に……と足を向けたところでカバンに入れていた携帯が着信を告げた。
 取り出して見てみると……お袋の携帯からだ。
「もしもし」
『あっ!キョンくんよかったっ!あのね、あのね……』
 出てみると、妹の声。なんだよ慌てて。なんか用か。
『あのね、えっとね……古泉くんがね』
「古泉がどうした。早く用件を言えよ」
『……ふらふらーって、倒れちゃって……』
 ……は?おい待て、そりゃどういうことだ。
『お願いキョンくん、早く帰ってきてぇ……』
 携帯から聞こえる妹の声は半泣きだ。おいおいおいおい、家にはお前一人か?お袋は?お袋の携帯からかけてんだろ、いないのか?
『……おかーさんは携帯置いてお買い物いっちゃったの。いいからとにかく帰ってきてよぉ……』
 分かった、とにかくええとだな……保健体育で習った応急手当……うろ覚えだな、くそ。ええと、意識はあるのか?ないなら平らなとこに寝かせて、顔は横に向けて、それからちゃんと息してるか確かめて、……あとそうだ救急車呼べ!
「俺は今からできるだけ急いで帰るから!」
 俺は通話を切ると、一目散に駆け出した。電車に飛び乗ってから俺が119番通報すりゃ良かったんだと気づいたが、後の祭りだ。
 古泉……なんでもいいから、とにかく無事でいろよ。


 寒さも気にならずチャリを飛ばし、ほとんど転がり込むようにして家の玄関のドアを開ける。
「あ、お兄ちゃんお帰り」
 と、ちょうどお袋が玄関にいた。
「お袋!帰ってたのか……古泉は!」
「ああ、2階のあんたの部屋で……」
 俺はみなまで聞かず、靴を脱ぎ散らかし階段を駆け上った。
 部屋のドアを開け放つと……果たして、古泉はいた。
「あ……おかえりなさい。お邪魔、しています」
 制服のブレザーだけを脱いだ状態で俺のベッドに所在なげに腰かけて、俺の登場に心底驚いているようだ。
「おま……倒れたって……」
 元気そう、とまでは言えないが(ちょっと顔に血の気がなさすぎた)、普通に起き上がってて平気そうに見える。むしろ全速力で飛ばしてきた俺の方が、疲労困憊でぜーぜーいっていてよっぽどひどい。
 古泉は、俺の言葉に戸惑ったように頷いた。
「……ああ、ええと……ちょっと貧血を起こしてしまいまして。このところ、その、寝不足で」
 例の『バイト』はそこまで過酷な状況になってんのか。
「……悪かったな。俺のせいだろ」
「いえ……僕こそ配慮が足りませんでした、すみません」
 呼吸を無理矢理落ち着け、おざなりにドアを閉めてベッドに歩み寄る。俺が古泉の前に立つと、奴はそっと俺から視線を外した。
 こうやって向き合うのも久しぶりな気がする。
 なんとなく、何から言おうかと言葉を探していると、古泉が口を開いた。
「……涼宮さんの心を健やかに保ちたいというのは正直な気持ちではありますが、僕は同時にあなたにも同じく過ごして欲しいと思っています。それは、僕の立場上のこともありますが、あなたや涼宮さんが、好意と尊敬に値する友人だからでもあるんです」
 古泉が、ゆっくりと俺に視線を戻す。
「すみません。こんな言い方しかできなくて。僕は仕事の話を抜きにこの件について語ることが出来ません。でも機関の古泉一樹としての話も、個人の古泉一樹としての話も、どちらも本音ですよ」
「……そうかい」
 お前の本音なんて初めて聞いたな。いつもいつもたちの冗談だらけではぐらかす奴がさ。
「手厳しいですね」
 眉をハの字に下げて、苦笑いする古泉の額に、小突くようにチョップを入れてやる。
「ほんとのことだろうが。……いつもそのくらい可愛げがありゃいいのに」
 可愛げは僕の専売特許じゃありませんから、などとうそぶく古泉をもう一度チョップで小突いてから、俺は古泉の隣(すぐ隣に座るような度胸も図々しさもなかったので、一人分半くらいは間をあけた)に座った。
「なあ、それにしても、なんでうちに?」
「ええと……バイトの帰りに、外回りをしていたあなたのお父様と偶然お会いしまして」
 なんと今回は親父か。そんで捕まったんだな。たしかにお前、ぱっと見で分かるくらい顔色悪いもんな。
「そういうことです。仕事中だから遠慮させていただこうと思ったんですが、外回りの帰りだから直帰にすると仰って……それで、ここでしばらく休んでいくようにと」
 なんでわざわざ2階にある俺の部屋を提供するんだか。貧血でふらついてる奴にわざわざ階段上らせないで1階の客間とかで寝かせときゃいいだろうに。
「そういえばあなたはずいぶんと慌てて帰ってきたようですが……」
「妹がな、おまえが倒れたっつって……あれ?」
 なあ、古泉。親父が直帰ってことは親父も家にいるんだよな?
「はい、そのはずですが……この部屋に上がる際に肩を貸していただきましたし」
 なんで妹はわざわざ俺に電話してきたんだ?とりあえず応急手当だのなんだのは親父に任せときゃいい話だろうに。
 たとえ気が動転してたにしても、親父がいることをなんで電話で言わなかったんだ?しかも、わざわざ古泉を俺の部屋に通して……
 もしや、と俺の脳内人格会議がパズルの解答をはじき出しかけたとき、視線を感じた。
 古泉からではない。そうではなくて、ドアの方。……見ると、おざなりに閉めたせいかきちんと閉じていなかったドアの隙間から、目が3つ、のぞいている。
「…………そういうことかよ」
 俺は立ち上がると素早くドアに歩み寄り、開け放った。ドアの前にいた3人はなにやら身を寄せ合って(というか親父を盾にして)俺を見上げている。
「……一応、言い訳を聞こうか」
 いつからこの家の連中は息子をペテンにかけたあげく出歯亀趣味に走るようになったんだ?ええコラ。
「だってー、ちゃんと仲直りできるかどうか心配だったんだもん!それにだましてないよー!お母さんがお買い物いってたのはほんとだしー」
「そうよー。古泉くんうちに来てから本当にふらふらーっと倒れかけたみたいでね、この子ったら慌てちゃってあんたに電話したのよ。それにしても出歯亀なんて失礼ねえ。あんたのことだからまた変な意地張ってこじれて殴り合いにでもなったりしたら止めなきゃと思って見てただけよー」
「いや、あのな?お前に古泉くんのこと知らせた方がいいって父さんからも言ったんだよ。……あ、でも覗く方はやめたほうがいいってちゃんと言ったぞ?」
 うるさい黙れ俺の心労と肉体的疲労とで消耗したエネルギーとかなんとかそういう諸々を返せ!
 というかならねえよ殴り合いとか!古泉は一応半病人と言えなくもない状態だし、俺も弱ってる相手に手を上げるほど分別のない年じゃねえぞ!
 俺はがしがしと頭をかいた。要するに、この家族どもはそのくらい俺と古泉の間のことを心配していたのだ。もう一度言うが、仲違いは周りを巻き込むと言ったハルヒよ、ああまったくもって、その通りだな。
「……ああもう!とにかく散った散った。古泉が休めんだろ」
 俺がしっしっと追い払うと、3人ともおとなしく階段へ足を向けた。
「はぁーい。ちゃんと古泉くんの面倒見てあげるんだよ!」
 はいはい。
「あ、飲み物何かいる?」
 古泉がほしがったら俺が用意する。
「……あー、ええと、ちゃんと仲直りできそうでよかったな。古泉くんにお大事にって。お前、友達は大事にしろよ?」
 ……とりあえず分かった。伝えておく。


 まったく。
 家族を追い出して部屋の中に向き直ると、古泉はくすくすと笑っている。
「……なんだよ」
「いえ、仲がいいなと」
「そういう問題じゃなさそうだぜ、ありゃ」
 俺が深ーく溜息をつくと、古泉はくすくす笑いを納めて顔を上げた。
「僕はここがあなたを育てた家庭だと思うとうらやましくてしかたないですよ。あなたも、あなたのご家族も、できればこれからもずっと友人としてお付き合いさせていただきたい面々です」
 そうかい。そりゃどうも。……俺も、まあお前とのつきあいが長くなるのはやぶさかじゃないさ。
「そんなことより、だ。とりあえずお前ちょっと横になれ。少しでも寝た方がいい」
「え?いえ、もう大丈夫で、」
「うるさい黙れ。お前に拒否権はない」
 いいから寝なさい、と言って布団を剥ぎ、頭を押さえつけてやると、古泉は観念したように横になった。
 ……まあ、正直アレだ、俺のベッドに古泉が横になるという事態に多少うろたえなかったわけではないが、俺のせいで疲れ切ってる奴を休ませる方が先決だと思ったのさ。
 布団を掛けてやってベッドの端に座り、見下ろすと、古泉は困ったような苦笑いを浮かべた。
「……本音ついでにもう一つ、正直に言ってしまいますとですね」
 うん?なんだ。
「僕が、よく行くスーパー。あの店を学校帰りの時間帯に頻繁に利用するようになったのはごく最近のことなんですよ。その時間帯に行くと、あなたのお母様とばったり会うことが多かったので」
 ……なんだそりゃ。どういう意味だ。
「またあなたの家に来られる口実が出来る、と思ったんです。あなたの家で過ごす時間は、本当に楽しかったので、つい」
「ばかかお前」
 俺は思わずまた古泉の額を小突いた。んな小細工する前に言えよ、俺に。
 すみません、と眉をハの字にしてそれでも笑う古泉に、俺が今出来ることはこれしかないな、と思って告げた。
「とりあえずな……寝て、起きたら、うちで飯食ってけ」



(2010.01.27)