A.いたずらする




「そういうことならいたずらする方だな」
「おや、残念」
 残念ってなんだ残念って。俺はまだ握られたままの手を取り返して、睨んだ。
 そんなにいたずらしたかったのか。アホか。相手は俺だぞ。お前が俺にそのなんだ、あばたもえくぼ的精神病的症状を抱えてるのは先刻承知だが、それでもやっぱりアホじゃないのか。
 だいたいそこまでしたいなら選択の余地なんぞ残さなければいいんだ。俺がそれを唯々諾々と受け入れるかはもちろん別問題だがな。
「さて、それはどうでしょう。あなたは確固とした己というものを持っている人ですが、頼られたりお願いされたりすると弱いでしょう?」
 そういう部分があるのは認めるが、人をお人好し全開のように言わないでほしいもんだぜ。そりゃ、お前の頼みなら多少のことなら聞いてやらんでもないが、のべつまくなしになんでも付き合ってやったりはしないんだからな。
「でも、押しと泣き落としには弱い」
 ムキになるでもなく静かに、だが譲らない古泉に思わずいらつく。
「だからなんだ。押し勝ちでなく自発的にいたずらされたいと言ってほしかったとでも抜かすのか? 悪趣味だな」
「それもありますが、あなたが自発的にいたずらしてくださるというのも捨てがたかったので」
 言ってにへりと締まらない笑顔になった古泉に、俺は一気に力が抜けた。
「……お前なあ」
 アホである。アホここに極まれりである。最近こいつ調子に乗ってないか? 俺が甘やかしすぎなのか?
 そりゃ、昔だったら古泉はこういう、俺に対する個人的な要望だの要求だのは思っても口をつぐんでしまう奴で、それが許せなかったのが俺で、その結果として古泉はこういうアホな要求も素直に口に出すようになったんだろう。いい傾向だ。こいつは放っとかれたがりのくせに寂しがりの気があるからな。
 言い出せずに俯かれてるよりはこうやって図々しくじゃれついてこられた方が何倍もましだ。が、内容のアホさかげんを自分で振り返るということも少しはしてほしい。
「……で?」
 俺は絞り出すように低い声を出した。
「幕僚総長殿は、どんないたずらをご所望だ」
 ……アホだアホだと言いながら結局古泉の頼みを聞いてやってるアホがここにいる。そうだな確かに俺は頼まれると弱いな! 悪かったな!
「僕にはむしろそれは長所に見えますよ。あなたの度量の広さの表れです」
 ええいうるさい、あばたもえくぼ的症状に曇ったお前の目があてになるもんかよ。
 ついでに言うと俺も古泉に頼まれると特に弱いのは古泉と同じ症状によるものだが、もういちいち口に出したくない。
「あーもーいいから! 何をしてほしいのかとっとと言え」
 さっさと終わらせてこのいたたまれなさから逃れたかったが、古泉は甘くなかった。
「だめですよ。それじゃあ、僕に対するいたずらにならないでしょう?」
 あなたがやりたいことを考えて、あなたから仕掛けてくださらないと。そう言って微笑む顔が、やたらと楽しそうないい顔で、殴りたくなった。この野郎!
 何が悲しくて仕事を上がってやっと一息つけるというこの時に、こんないたずらするだのしないだのとバカなカップルによるバカな会話みたいなやりとりで不毛な押し問答をせねばならん。しかも、みたいじゃなくて実際カップルな上、俺はともかく片割れは正真正銘のバカときてる。
 なんだか腹が立ってきて、俺は口を開いた。