B.「……目を閉じて歯を食いしばれ」



 ひそかに拳を固めながら言った俺に、古泉は両手を小さく上げる。
「お手柔らかにお願いします」
 今さら焦って愛想笑いなんぞしていても無駄だぞ。そういう顔をされても仏心が出てくるどころか引っ込むばかりだ。
 おとなしく目を閉じた古泉の顔を、俺はそのまましばし凝視した。というか、鑑賞した。色白できめの細かい頬、すっと通った鼻筋、形のいい薄い唇。伏せた切れ長の目はまぶたから長いまつげまで、何か精巧な細工物のようだ。どこか緊張したような様子で唇を引き結んでいる美形ぶりを堪能して、さてどうしてやろうかな、などと考えていると、
「あの……」
「なんだ」
「いつまでこうしていればいいのでしょう」
「さあな」
 笑って言ってやると、古泉が焦ったように目を開けた。いい顔だ。実に悪くない。
「バカ、目は閉じてろって言っただろ」
 ぱっと手をかざしてまぶたを降ろさせると、俺はもう一度いい気分で古泉をまじまじと眺めた。
 俺の視界の中で、古泉は大人しく目を閉じたまま居心地が悪そうにしている。
 その顔に触れて頬をなでると、古泉はやっぱり居心地が悪そうに身じろぎした。それでも律儀に閉じたままでいる目に、そっと親指を伸ばして、まつげに触れる。また、古泉が身じろぎした。
 手袋ごしだといまいち感触が分からなくてまどろっこしくなり、俺は手袋を脱いでポケットに落とす。そしてもう一度頬に触れ、まつげに触れた。
「ちょっ、くすぐったいです……」
 さすがに耐えきれなくなったのか、古泉が手を上げて俺の手を掴もうとする。俺は機先を制して言った。
「こら、おとなしくしてろって。いたずらはまだ終わってねえぞ」
 その一言で、古泉はおとなしくなる。よしよし、聞き分けのいい奴は好きだぞ?
 古泉は、どこか憮然とした顔で、俺にされるがままに頬や目元をなでられながらながら言った。
「……あなた、けっこう好きな子をいじめるタイプですよね」
「心外な。お前が俺にいたずらされたかったからこうなってるんだろうが」
「いたずらされてみたいとは言いましたけど、いじめられたいと言った覚えはありませんよ」
 ああ言えばこう言うな。生意気だ。制裁代わりになでていた両の頬をつまんで左右に引っぱる。
「……いひゃいです」
 頬を引っぱられた変顔をしかめる古泉に溜飲を下げて、俺は手を離した。
 そして今度は、古泉の手を取る。
「今度は何ですか?」
 古泉の質問を無視して、俺はかぷりと古泉の手に噛みついた。もっと正確に言えば、古泉の手を包む、手袋に。
 古泉が息を呑む声が聞こえて、また胸がすいた。
 だが敢えてコメントはせずに、噛みついた手袋の指を引っぱって引きはがすように脱がす。軍人らしく相応に固く節くれ立った、白くて長い指があらわになったところで、もう片方の手袋にも同じように噛みついた。
 黙々と手袋をはずし続けていると、古泉が溜息とともにつぶやく。
「なんというか……その、ずいぶんと大サービス、ですね」
「文句あるか?」
「いえ……」
 文句がないならよかろうと、俺は今度は古泉の上着に手をかけた。自分が着ているのと同じ作りの服なので、脱がせ方に困ることはなかったが、わざとのろのろと前を止めている留め具を外していく。古泉が何か言いたげにしているが、知ったことか。
 ひとつ、またひとつ留め具をはずすたび、古泉が息を呑むように浅く胸を上下させるのが分かる。ただまんじりともせず俺の動きを見つめて、こっちの呼吸や心音も、聞こえてしまいそうなくらいだ。
 ゆっくりと前を開け終わって、次は袖を抜くために肩に手を滑らせたところで、古泉が口を開いた。
「……いたずらは、まだ続きますか?」
 俺はニッと口の端を吊り上げる。
「なんだ、もうギブアップか? 根性ないな、幕僚総長」
 俺の言葉に、古泉は両手をあげて降参のポーズを取った。
「もう、いじめないでください。……僕からもあなたに触れたいです」
 そう言って笑う目が、やけに熱っぽい。それを見て、ざまあみろ、と思った。そうだ、お前が言い出したわがままなんだから、涼しい顔で理性的な立ち居振る舞いなんかやめちまえ。
「好きにしろ。俺も好きに触る」
 おや、と古泉が目を見開く。
「いたずら続行ですか」
「文句あるのか?」
 挑発するように睨め付けると、古泉は切れ長の目をすっと細めて、人の悪げな笑みを浮かべた。
「いいえ。――では好きなだけいたずらをしてください。僕も好きなだけ、好きなようにいたずらしますから」
「途中でやめてくれって泣くなよ?」
「あなたこそ」
 ニヤリと笑いあい、互いに手を伸ばす。
 さて、これは一体どっちが降参するのが早いのかね。まあ少なくとも俺はギブアップする気なんてさらさらないがな。