A.「……何されても文句は言うなよ」



 睨み上げながら言うと、古泉は「ええ、もちろん」と目をすがめるように笑った。まるで俺が何をするか分かっているようで忌々しい。
 いつも俺がお前の予想の範疇で動くと思うなよこの野郎。
「思っていません、そんなこと。僕はいつでもあなたに驚かされてばかりだ」
 そんなうっとりしたような表情で言われても、とてもそんな風には思えない。
「僕は、そんなところも含めてあなたが、」
「もういいから黙れ」
 俺は古泉の襟を掴むと、力任せに引き寄せた。目を閉じた古泉の白い顔が近づいて、やがて視界いっぱいになり――
 引き寄せた手と唇で、古泉の身体がびくりと震えたのを感じる。
「……っ、」
 顔を上げると、目を見開いている古泉と視線がかち合った。それが心底意表を突かれたという色をしていて、思いきり溜飲が下がる。ざまあみろ。これは予想してなかっただろ。 
「当たり前です。だって、あなた……」
「思いっきり歯立ててやったからな。一晩じゃ消えないだろ、その歯型。頑張って隠せよ」
 にやにやしながら指してやった古泉の首筋には、俺が噛みついた跡がはっきりと残っている。襟とインナーで首はある程度隠れるが、けっこう上の方につけてやったからな。もう一度言うが、ざまあみろ。
「もう……なんて事をしてくれるんですか」
 頭を抱える古泉の髪に、ぽんと手を置いて、俺は笑った。
「参ったか。ん?」
「ええ、参りました。……やっぱりあなたには驚かされるばかりですよ」
 俺だってお前の行動や発想の突飛さには毎回驚いたり呆れたりしてるからおあいこだよ。だがまあ、もう長い付き合いだからある程度のことは予測もつくけどな。
 顔を上げた古泉は、手を伸ばして俺の手を取った。そしてもう片方の手で俺の頬をするりとなでると、肩に手を回してくる。
 そして、俺の予想通りの言葉を告げた。
「降参です。次は僕に、いたずらさせてくださいませんか?」
 鼻先が触れ合うほど近くで、古泉が笑っている。
「忘れてないか? 今日はハロウィンだぜ」
 素直にうんと頷いてやるのが癪でそう言うと、古泉はあやまたず俺の意図を理解したようだった。俺の顔を覗き込むように小首を傾げる。
「……では、トリック・オア・トリート?」
「菓子の持ち合わせならもうない」
 いたずらっぽく笑う目に映る俺は、愛想もへったくれもない顔で古泉を見つめて、待っている。
「――なら、いたずらですね」
 くすくすと笑った古泉の白い顔がさらに近づいてきて、それから――


 この後はどうなったか、だと? それを聞きたきゃ菓子のひとつも差し出すんだな。タダでは絶対話せん。