トリック・オア・トリック?



 宇宙には季節というものはないが、人類には宇宙進出以前から受け継いできた文化があり伝統がある。そして受け継いできた人の心の営み、情動や感傷も。
 それは生活の場が地球を離れ星の海に変わったところで、そうそう変わるものではないのだ。
 暦上の季節に時にはしゃぎ時に物寂しさや人恋しさを感じ、惹かれ合っている相手とともに過ごし触れ合いたいと思う情動。そんなものは誰にだってある。俺にもある。
 というかそういう気持ちが微塵もなかったら、古泉とこんな関係になってるわけがねえというのに、あいつは自分の一方通行だとでも思ってんのかこの鈍感野郎が!
 俺はベッドの中で一人悪態をつきながら、なかなか眠れない夜を過ごしていた。
 古泉が俺の鼻面にした遠慮がちなキスを思い出す。別に、本当に軽いいたずらとして流したってよかったんだ。
「けど、俺たちゃお互い遠慮が必要になるような初々しい仲じゃないだろうがよ……」
 つぶやいた口調が、思った以上にふてくされた響きになってしまい、思わず頭を抱える。
 要するに、遠慮してほしくなかった、俺のわがままだ。それに気づいちまって恥ずかしさに一人で身悶えた。


 そんな晩を過ごした翌朝、目覚めは当然最悪だった。
 だがそれでも今日も通常通りの勤務日だ。身支度して飯も食わねばならん。仕方なしに身体に鞭打って起き上がり、寝室を出てぎょっとした。
 ソファにうずくまるようにして古泉が寝ていたからだ。もちろん着替えもせず、軍服の前だけを緩めた姿で。
 こいつ、自分の部屋に帰らなかったのか!
 あわてて駆け寄って肩を揺する。
「おい、古泉! 起きろ、お前なにやってんだよ……」
 もちろん空調はそんなに寒くはしてないが、特別暖かくしていない、何もかぶらずに寝ていたら風邪でも引いちまってるかもしれない。
「風邪引くだろうが。ちゃんとベッド行って寝ろよ」
 寝室から閉め出したのは俺のくせに。ちゃんと古泉が帰ったか確かめればよかった。
 うん、とうめいて、古泉は顔をしかめる。そして、むにゃむにゃと何事かをつぶやいた。
「……す」
「なに? なんだ?」
 耳を近づけて聞き取ると、古泉がまた口を動かす。
「……キスしてくれたら起きます……」
「……アホか!」
「あいたっ!」
 あまりのアホらしさに思わず拳で頭を殴った俺は決して間違っていないと思う。
 見ると、古泉は目を開けて、恨めしそうに頭をさすりながらこっちを見ていた。
「……おはよう、ございます」
「……おう。はよ」
 挨拶を交わしたきり、沈黙が降りる。
 一応昨日はケンカ状態だったわけで、それも当然なんだが、なんというか、気まずい。
 気まずいながらもどうにかしようとして、俺は口を開いた。
「……トリック・オア・トリック?」
 けだるそうに身体を起こした古泉が首を傾げる。
「……ハロウィンはもう、昨日で終わりましたよ?」
 うるさい、お前そうやってつつかなくていい時に細かいことをつつくから人気はあってもモテないんだぞ。
「いいんだよ。……お前がいたずらしないなら、俺がいたずらするぞ」
 そう告げて、古泉にのしかかるように肩に手をかけた。
 俺を見上げて、古泉が笑う。
「……あなたのいたずらが終わったら、次は僕の番でお願いしますよ」
 ふん、今度はもう少し、俺の意表を突くようないたずらをしてみせろよ?
 俺も笑って、手始めに古泉の形のいい鼻にかじりついてやった。