クラスの皆さんには、ご内密に

「しかしなんというか、その」
 初めて古泉のその格好を見たとき、思わず口ごもった俺を、誰がなじれるだろうか。いいや誰もなじれまい。
「やはり似合いませんか?」
 古泉は微苦笑を顔に貼り付けて、両手を広げてみせる。
 それは、誰の陰謀か俺たちSOS団がファンタジーRPG的世界に放り込まれたその日のことだ。
 目の前の古泉の着ているものが似合ってるか似合ってないかで言ったら、まあその、似合っていた。似合ってはいるが、似合っているからこそ問題というか、似合ってることが問題をさっぱり軽減してくれないというか。
 古泉の格好がどんなものか説明しよう。まず目に付くのは金色の縁取りも眩しい紫色のケープと白いマント。これを右肩を覆うようにかけて、さらに左側に二の腕を覆うようにもう一枚、ケープなんだか飾り布なんだか分からんが同じく金縁の布。それらを丸い金具のようなブローチで止めており、ブローチには白い羽根が二枚、飾りのようにあしらわれている念の入れようだ。この時点でなんかもうお腹いっぱいだな。次行くぞ。そのマントとケープ?の下。マントと共布らしき金縁の白い上着の下に、暗い灰色のハイネック。下半身には上のマントケープと同じく、丈の違う紫と白の布が巻かれこれまた金具ブローチで止めてある。マントと反対に左側を覆うようにな。その下には暗い色のズボン、そして紫のケープと似た色でやっぱり金縁の装飾が施されているブーツ。仕上げに、手に持った竪琴。木製で、金色の装飾があしらわれている。
 ひとことで言うとまったくもって装飾過剰。派手だ。それに尽きる。古泉の配役は吟遊詩人だそうだが、俺はこれを見て別のものをうっかり連想してしまった。
「魔法少女かよ。なんだよこの袖口のフリフリとか」
「この年この身長になってまだ女の子に間違えられるとは思いませんでした。……涼宮さんは、僕にはこういった、宝塚的な要素を求めておいでなのでしょうかね……」
 別に間違えてねえよ。確かにお前が女なら宝塚で男役トップを張っても不思議じゃないが、お前の性別が男なのは今さら間違えようもなくよっく知っている。
「というかチビの頃は女と間違えられてたのかお前……いかにもだな」
「おかげで、ずっと自分の顔立ちがコンプレックスだったんですよ。特に子供に対しては「女の子みたい」を褒め言葉であるかのように使いますが、あれはどうかと思いますね。少なくとも僕は、男であるのに男らしくない自分というものをかえって意識してしまって、鬱屈した気持ちを育てた覚えがあります」
 まあ美形は美形なりの悩みがあるんだな。容姿方面でとんと褒められた記憶のない俺としては若干このやろうという気持ちがないでもないが、そんなものは無い物ねだりだろう。
「ごく最近、背が伸び出してからですよ。コンプレックスを抱かずに済むようになってきたのは。これだけ背が伸びれば間違えられようがありませんし。褒められるときも「かわいい」から「かっこいい」に変化しましたしね。悪い気はしません」
 前言撤回。このやろう。
「心配しなくても、面と向かって褒めて下さるような方は主に近隣や親族の年配の女性ばかりですよ」
 誰が何の心配をしてるって?お前がマダムキラーだろうと何キラーだろうと俺には何の関係もないしな。好きなだけ熟女をはべらせてその竪琴と美声でもって酔わせるがいい。
「どうせ酔わせるならあなたを酔わせたいな」
 思わず顔をしかめた。奴が言いながら実にさりげなく、俺の腰を抱きやがったからだ。実は吟遊詩人でも魔法少女でもなくホストかなんかなのか、お前は。
「……わりと恥ずかしいのをこらえて口説いてるんですからもうちょっとノリとか雰囲気とかを合わせてくださっても」
 そう言ってかくっと俺の肩に額を落とす。実にさりげなくちゃっかりと抱きしめやがった。俺お前のそういうとこちょっと感心するわ。
「僕はあなたのそうやって混ぜっ返すところもなかなかかわいいと思ってますよ」
 顔を起こした古泉が、言いながら俺の頬に指を這わせる。すぐ目の前に古泉の顔があって、薄い色の髪とその間から覗く長いまつげに縁取られた目を真正面からとらえてしまった。
 くそう。こいつが小さい頃どれだけ顔のことでコンプレックスを刺激されてたか知らんが、少なくとも今は俺の正常な判断能力を狂わせる何かを大いに刺激してくれる顔だよ。
「言葉は嘘つきなのに、顔は正直ですよね、あなた」
 うっさい、お前に言われたくない。息をするように嘘八百並べるくせによ。
 憎まれ口で混ぜっ返せば、明るい色の瞳が細められた。こいつの視線には、俺の心拍数を勝手に上げる魔法でも込められているに違いない。
「それはもう、あなたいわくの魔法少女ですから」
「べ、つにそういう意味では言っとらんわい」
 お前の場合色々シャレにならんだろ。変身して、命を賭けて戦う、ってあたりとか。
 顔が近い。そんな近くで見られたら、憎まれ口で防御しつづけるにも限界がある。
 頬に触れていた指が下へ下へ辿り、あごを捉えて引き寄せる。俺は逆らわず、そしてそれ以上見ていられずにおとなしく目を閉じた。
 唇を離した古泉が、親指で俺の唇を辿りながらかすれた声で言う。
「……クラスの皆さんには、ご内密に」
 どこぞの魔法少女の名文句だ。それをそんな、蜜みたいに潤ませた目で、秘め事みたいに微笑みながら言うな。
「……クラスメイトにだけでいいのか」
 この期に及んで、まだ俺の口は混ぜっ返す。しょうがないだろう、息をするように勝手に発動するパッシブスキルなのだ、これは。
 幸いにして古泉は俺の混ぜっ返しの意図なんぞお見通しでそれを無視してくれるから、俺は安心して混ぜっ返していられる。
「あなたのクラスメイトには、涼宮さんも含まれるでしょう。究極的には、涼宮さんさえ押さえておけば十分です。……と言ったら、軽蔑しますか?」
 お前アホだな。そして臆病だな。臆病だから、息をするように嘘八百並べ立ててハルヒのことは守ろうとするくせに、なんで俺には露悪的な嘘ばっかつくんだよ。
 だから俺はきれいに無視して言ってやった。
「……そもそも、言われんでもこういうお前を知ってるのは俺だけで十分だわい」




(2013.04.01)