未来予想図 in バレンタインデー



 日本全国の男女があるいは浮き足立ち、あるいは胸をときめかせ、あるいは冷めたスタンスで見守り、あるいは恨みつらみを込めて「しね!」と歌いあげてみたりする、菓子業界の陰謀うごめく日。すなわち2月14日セントバレンタインデーのことである。
 ちなみに俺はあの歌詞くらい突き抜けているといっそ潔い気もしないでもないとは思っているが、幸いにして義理チョコならばいくつかもらえる当てがある身である。ので、俺自身は今日という日に対してそこまで恨み節を連ねるほどでもないというかなんというか。
 まあ、本命チョコをもらう当てもない男のつまらん見栄と笑いたくば笑え。俺だって本音を言えば一度くらいは本命チョコをもらってみたいわい。できるなら、本命の相手からな。
 ……そんな余談は置いておこう。むなしい。
 今年も俺は家族の女連中2人、すなわちオフクロ及び妹からと、俺が現在特に親しい、すなわちSOS団女子3名から義理チョコをもらえる当てがある。
 去年のバレンタインデーはなかなかに忘れられない演出と莫大なお返し要求つきだったが、今年はどうなるのかね。
 と思いながら俺は登校し、下駄箱を開けたときにそれを発見したのだ。
「…………」
 それは、俺の下足を入れるスペースに鎮座まします、こぎれいに包装された平べったい長方体の箱であった。何やらラッピングのリボンの下には、小さなメッセージカードが挟んであるのも見える。
 ……俺は周囲を見回し人目がないことを確かめると、メッセージカードをあらためもせず素早くそれを鞄の中へと回収した。
 人に見られると、面倒なことになりそうな予感がしたからだ。……うちの団には何にでも首を突っ込みたがる団長殿がいるしな。
 そして足早に廊下を歩く。歩く。歩く。
 歩きながら考えた。これは本日のお日柄から推測するに、十中八九、いや十割チョコレートだ。それも、受け渡し方法から考えて、本命っぽい。
 さすがに動揺したぜ。まさか「本命チョコはもらう当てもない」とモノローグでうそぶいたそばからこんないかにもっぽいシチュエーションでもらうことになるとは思わなかったからな。
 だが動揺しつつも、俺は心躍る気持ちよりも困惑と申し訳なさの方が勝っていた。このチョコの贈り主に色よい返事ができないであろうことが、明白だったからだ。
 なぜかと言えば、そのとき俺は、なんというかアレだった。
 アレというのはつまり、……俺にも本命がいたのだ。


 放課後。
 そわそわと落ち着かない男子ども(特に谷口がうっとおしかった)と、これまたどこか浮かれた様子の女子たちによる、義理チョコのやりとり(最近は友チョコとか言って女子同士で交換するのも流行ってるらしいな。妹もクラスメイトと交換会をすると言っていた)やら本命チョコのやりとりやらを経て。(ちなみに今年はクラスの女子からももらえた。クラス全員に配るレベルの、小さい個別包装のだけどな)
 文芸部室には、団長席の前に満面の笑みで仁王立ちしたハルヒ、そしてその両脇に佇む長門と朝比奈さん。朝比奈さんはニコニコとしておられるし、長門も無表情な中にもどこか楽しげだ。
 そして長テーブルを挟んだその向こう側に、相変わらずのニコニコハンサムフェイスをさらす古泉と、俺。
「さあ!そんじゃ、宝探しスタートよ!頑張ってらっしゃい!」
 ハルヒが笑顔のまま宣言する。
「はい、必ずや見つけ出して参ります。どうぞ朗報をお待ちください」
 古泉が胸に手を当て、よくできた忠臣くさい台詞を吐く。
 俺はそんな台詞を吐く気は無いが、見つけないわけにはいかんだろうなあという気持ちは同じくであるので、手を上げて「おう」と一言返事を返した。
「いってらっしゃぁい。うふふ」
「大丈夫。それほど難しいところには隠していない」
 朝比奈さんと長門の声援も受けながら、きびすを返す。
 文芸部室のドアをくぐり、後ろ手にドアを閉めて、俺は思わず溜息をついた。
「去年に引き続いてまた“宝探し”をやらされるとはね」
 歩きながら言うと、古泉はくすくすと笑う。
「ふさわしいのではないですか?僕たちにとっては彼女たちからのプレゼントは値千金の宝です」
 くさいことを嬉しそうに言いおってからに。
 そう、一体今年はどんな演出でくるのか、またサプライズかそれとも直球で渡してくるのか、と構えていた俺に下されたのは、得意満面のハルヒが発した「校内にお宝を隠しました。ただしこの部屋じゃないわ。見つけた人には賞品として、そのお宝をあげちゃいます!」という宣言だった。
 要は学校のどこかに チョコを隠したからそれを探してみせろというのだ。見つけられたらくれてやると。
 ある意味サプライズと直球を足して二で割ったような剛速球である。さすが涼宮ハルヒ、予想の斜め上を行ってくれる。
「涼宮さんは今年のバレンタインデーをどう演出するか随分お悩みだったようですよ。ただ渡すのでは芸がない、かといって去年と同じ手は使えない……」
「で、その結果考え出された手がコレか」
 俺としては普通の手渡しで十分だったんだがな。情緒が大事なのは認めるがこうも演出過多でなくてもいいだろう。
「嬉しいことではないですか。僕たちが必ず探し出してくれると、信頼してくださっているんですよ」
「……優等生的模範解答だな」
 模範解答というより、こっ恥ずかしい。
 こいつがハルヒを持ち上げるのは元からだったが、時が経つごとに、ことほどかようにこっ恥ずかしくもポジティブにハルヒ及びSOS団のメンバーを肯定してみせる発言が多くなった。
 喜ばしいことではある。ハルヒを神様と信奉する怪しげな組織のエージェントとしての顔を優先していた頃に比べれば、ずっとマシだ。
 だが同時にいちいち面白くない気持ちが顔を出す俺もいるわけで。
 ……もう、一昨年のことになる。あの、世界が俺を残して作りかえられた事件。あの時に聞いた古泉ではない古泉のセリフが、俺の耳に今もこびりついている。
 「僕は涼宮さんが好きなんです」。あのセリフを聞いてから、古泉の気持ちが向かう先をことさら意識するようになった。
 そしてそれがなぜなのかに、俺は気づいてしまったのだ。さすがに1年以上かければな。
 まあつまりはこういうことですよ。俺の本命というのは古泉なのだ。俺としては朝比奈さん的な可愛い女の子との恋愛を夢見るごく普通の男子高校生のつもりでいたのに、どうしてこうなったと言わざるを得ない。
「ハルヒの奴、チョコは1人分ずつ二箇所に隠したって言ってたな。手分けしないか?」
 渡り廊下を歩きながら、俺は言った。
 捜索範囲は文芸部室を除く校内全域だ。長門はそれほど難しくない場所に隠したというヒントをくれたが、2人でちまちま探すには広すぎるし、目標物が2つあるんだから各個ゲットを狙った方が時間を短縮できるだろう。
「そうですね。では僕は下の階を。……また後で落ち合いましょう」
 古泉はすぐに頷き、渡り廊下を出てすぐに廊下を曲がっていった。
 俺に手をひとつ振って去って行く背中を見ながら、俺はまたこっそりと溜息をつく。
 手分けした方が効率的なのは本当だが、今の俺には古泉を追っ払う口実としてありがたかった。最近のあのやたらめったらハルヒやSOS団に対して肯定的な古泉の言動は、さっきも言った通り喜ばしくもあり疎ましくもあって、今の俺には少ししんどいのだ。
 要は嫉妬だ。実にうそ寒い話だが、俺だって野郎の言動にいちいち反応して女子に嫉妬するハメになるとは予想外だったわい。
 俺だってSOS団が大事だし、古泉が同じように思っているらしいことが嬉しいのに、……疲れる。
 まっすぐ廊下の向こうに消えていく古泉の背中を見送って、俺はもう一度溜息をついた。


 長門のヒントは果たしてヒントだったのだろうか。
 いやヒントではあったが、そんなに難しいところには隠してない、のヒントだけで探せるほど校内宝探しツアーは甘くはなかった。
 『それほど難しくない』というからには、部活に使用中で入って行きづらい場所とか、普通に歩き回っていたんじゃ気づかないような死角とか、運動神経を駆使して登らなきゃならんような危険なところとか、そういう捜索しづらい場所ではないんだろう。
 そこまでは考えたが、その条件でふるいを掛けても、まだまだ候補が絞りきれんのだ。
 どうせ率先して隠し場所を考えたのはハルヒだろうし、ハルヒの思いつきそうな場所に重点的を置きながらチェックしてみたのだが、影も形も見当たらなかった。
 一体どこにあるんだよ。くそ。
 さすがに疲れてきて階段に座り込む。
 そのとき、ブレザーのポケットに入れていた携帯が鳴った。
 なんだ?ひょっとしてハルヒか。時間かけ過ぎ!とか文句でもたれるつもりかもしれんな。勘弁してくれ。
 それならそれで、ついでにもう少しヒントもくれるといいんだがな、そう思って取り上げた携帯のディスプレイに表示されていた着信相手は、古泉だった。
 俺は慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『やあ、どうも。戦況はいかがですか?』
 相変わらず爽やかで憎たらしい声が俺の鼓膜を打った。……非常に気色の悪い話だが、たったそれだけで気分がどことなく上向く。
 だが俺は、いつも通りのしかつめらしい声で溜息をついてみせた。
「全くもってはかばかしくないな」
『それはそれは。……校内のどこかにある、それほど難しくはない、だけでは確かになかなかに高難易度ですからね』
 ああ全くだな。難しくないというヒントは実にたいそうな矛盾ということになるぜ。
『やはりですか。……では、あなたにもヒントを差し上げましょう』
「なに?」
『灯台もと暗し、です』
 どこか楽しそうな笑みを含んだ声が、告げる。
 なんでお前がそんなヒントを出せる。
「……ひょっとしてお前はもう見つけたのか?」
『はい。僕の分の隠し場所から推測するに、あなたの分の隠し場所も同じヒントが通用すると思われます』
 お前の分だの俺の分だの。そんなにどっちがどっちの分だか明白な場所にあるってのか?
『はい。あなたにとっての灯台もと暗し。学校の中であなたにとって非常に身近で日常的な場所です。……もちろん、文芸部室は除いて』
 なんだそりゃ、まだるっこしいな。そのものズバリで場所を教えてくれ。お前のはどこにあったんだよ。
『内緒です。ふふ』
「妙な声で笑うな気色悪い」
『涼宮さんはおそらく、自力で見つけてほしいと願っているはずですよ。なので僕も無粋な真似をするつもりはありません』
 その言葉にムッとしたが、やたらと楽しそうな声に文句を引っ込める。
「……あいつも素直じゃねえ奴だよな。プレゼントを探し回る過程もプレゼントってか」
『この上なく豪華なプレゼントではないですか。僕たちのために愛すべき友人たちが頭を悩ませて考えたであろうクイズに頭を悩ませる。しかも豪華景品付きです』
 そうだな、豪華だ。世界が崩壊するとかどうとかに悩むよりは、よっぽど健全で幸せな時間だろうよ。
 しかも愛すべき友人と呼んでいるのは、かつては神様疑惑のトンデモ女とそれを取り巻く勢力から送り込まれたエージェントでしかなかった相手だぜ。
「ちっ、……お前のヒントも合わせて考えればちゃんと見つけられるんだろうな」
『さて。ですが、少なくとも今ので隠し場所の候補は一気に絞られたでしょう?』
 ああそうだな。灯台もと暗し。俺にとって非常に身近で日常的な場所。盲点になるくらいに。
「盲点になるくらい身近と言われると、どうしても部室の方が先に浮かぶがな」
『僕もです』
 電話のこっち側と向こう側で苦笑しあう。
 勢いを付けて、俺は立ち上がった。さっきまでの探索疲れもなんのそのだ。人間ってのはよくよく現金だな。
「……お前もまだ部室には戻ってないんだろ?そのまま待ってろ。見つけたら連絡する」


 結果から言えば、俺はそれからほどなくして、チョコを発見できた。
 どこにあったかだと?
 教室の、俺の机の中だ。まさに灯台もと暗し。断言するが、今日のホームルームが終わって帰り支度をしていた時は、まだそんなものは入っていなかった。
 つまり俺や古泉が教室を出た後を狙ってここに隠したことになるが、よくぞまあ。確かにハルヒは今日部室に来るのがちょっと遅くはあったが。
 同じクラスの俺はともかく、古泉の教室は階も違うし古泉と鉢合わせないようにうまく見計らってプレゼントを隠しに行かなきゃならんはずだ。よくバレずにやりおおせたな。他クラスに。
 ……あのハルヒが物陰に身を潜めて古泉の動向をうかがったり、堂々9組に乗り込んでいってチョコを隠した後残ってた9組の連中に睨みをきかせて口止めするところまでありありと想像できるぜ。
「そうですねえ。僕も容易に想像出来ますよ」
 隣を歩く古泉が笑い混じりに言った。
「その場に居合わせたお前のクラスメイトにはお見舞い申し上げるぜ」
 言って、お互いにまた苦笑する。
「まったく、あいつに関わる人間はみんな苦労するな」
「でも、少なくとも僕らはお釣りが来るくらい楽しいでしょう。役得ですね」
「……周りにゃ割を食ってると思われてるみたいだがな」
 今日の団活はもらったチョコを朝比奈さんのお茶と共に楽しむ会となり、それも和やかなうちに解散した。俺と古泉は帰り道だ。女子3人は寄るところがあるとかで途中で別れ、二人きり。
 少し前まで団活が終わって帰る時間には真っ暗だったのに、空はまだ夕暮れに染まっている。
「そういやさ」
「はい?」
 古泉が小首を傾げる。夕暮れの中で、オレンジに染まった髪が揺れた。
「お前ヒントの電話くれた時、『あなた“にも”ヒントを差し上げましょう』って言ったろ。ありゃどういう意味だ」
 俺の言葉に、古泉がいつもの笑顔のまま、一瞬だけ動きを止めたのを俺は見逃さなかった。
「……そんなこと、言いましたっけ」
「言いました。とぼけるんじゃない」
 まさかと思うがお前だけ事前に何かヒントもらってたんじゃないだろうな。
「……あはは、参りましたね。失言でした」
 古泉は肩をすくめた。
 ということは認めるのか。誰に、どういう経緯で教えてもらった。事と次第によってはシメるぞ。
「先にお断りしておきますが、何も僕の意志でズルをしようとしたわけではありませんよ。そうですね、これはいわば既定事項というやつでして」
 肩にかけた鞄と手に持った紙袋(説明するまでもないと思うが、古泉のイケメンぶりと本日のお日柄から推測して分かる通り、いわゆるひとつの戦利品を大量にいただいたのだ、この男は)で両手を塞がれてやりづらそうに降参のポーズをした古泉は、なぜか楽しそうにニヤつきだした。
「なんだよそりゃ」
「ちょっと待ってくださいね。これを見ていただくのが早いでしょう」
 そう言うと、奴は女子たちの心づくしが詰まっている紙袋をごそごそとあさり始めた。
 そして、その中から包みを一つ取り出す。平べったい長方体。小ぎれいな包装。ラッピングのリボンの下に、小さなメッセージカードが挟められている。
 夕暮れの中でオレンジに色づけされてはいるが、それは今朝俺が下駄箱で発見し、今も鞄の中に隠し持っているものと、まったく同じ外見をしていた。
「それ……」
「付いているメッセージカード、読んでみてください」
 俺はその包みを見つめ、しばらくためらった後にメッセージカードを抜き取った。
 そこには、こう書かれていた。


『ハッピーバレンタイン、古泉

 今年のバレンタインのヒント。
 灯台もと暗し。
 お前にとって学校の中で一番身近で日常的な場所を探すこと。

 あと、この箱の中身は普通にチョコレートだ。食っても問題ない。
 まあ友チョコだ友チョコ。
 どうせお前は大量にもらうだろうから一度に食い過ぎて体壊さないようにしろよ』


「…………」
「お分かり頂けましたか?」
 いや。ていうかどういうことだよこりゃ。
「俺の字じゃねえか!」
「これが今朝、僕の下駄箱に入っていましてね。僕もメッセージカードを見て驚きましたよ。あなたの様子を見ていても、何も知らないようだったし」
 もちろん俺はこんなカードを書いた覚えもなければ古泉の下駄箱に突っ込んだ覚えもない。
 既定事項ってのはそういうことか。これを書いたのは、俺が記憶喪失になってるんじゃない限り、未来の俺しかありえない。
「!」
 ということは!
 俺は古泉にメッセージカードを突っ返して自分の鞄の中を探った。
 慌てて鞄の中に隠匿したきり、添えてあったメッセージカードにすらまだ目を通していない、俺宛てのはずのチョコ。
「……なんだ、あなたももらってたんですか」
 古泉が拍子抜けしたような声でつぶやいたがそれどころじゃない。
 取り出した包み、それに添えられていたメッセージカードには、殴り書きのような筆跡でこう書かれていたのだ。


『親愛なる――様

 今年のバレンタインはいかがでしたか?
 おそらく楽しく過ごされたことだろうと推察いたします。
 宝探しのヒントは僕から聞いて下さいね。
 (あなたがこのカードを見るのは団活の後だったと記憶していますが、念のため)

 この包みはお察しの通りチョコレートです。
 いわゆるひとつの友チョコとしてお納めください。

 古泉一樹』


「……どう見ても、お前からだな」
「……ですね」
 予想外すぎる。……本命チョコはもらえなかったが、本命から思いがけずチョコをもらっちまったぜ。未来の古泉からだがな。
 しばらく道に突っ立ったままメッセージカードに視線が釘付けになっていた俺を解放したのは、同じような状態だったはずの古泉の笑い声だった。
「なんだよ」
「いえ、だって。はは。ずいぶん豪華な贈り物だと思いませんか?……何年後の僕たちかは知りませんが、このメッセージは少なくともその時点までは僕たちは友好的な関係でいられると教えてくれているんですよ」
 まるで普通の高校生のようにくすくすと明るく笑う古泉。
 ……こいつは変わったな、本当に。
「……既定事項を満たすために指示に従って書いただけかもしれんぞ?本心なんざ分からん」
 だがそんな古泉に俺はあえて重石をのせるような言葉を投げかける。まるで予防線を張るように。
 古泉は一瞬笑うのを止めて目をぱちくりとさせたが、すぐににっこりと笑い直した。さっきまでと違う、なんとも胡散臭いポーカーフェイスの笑顔だ。
「あなたらしくもなく悲観的ですね。……まるで少し前の僕みたいですよ」
「自覚あったのかよ。……そう言うお前は最近とみにポジティブだよな」
 言いながら後悔する。せっかく古泉が素で笑ってたのに、水を差すようなことをしちまった。俺だって同じように古泉といられる未来を信じたいはずなのに。
 しかし古泉は俺を責めることもなく、また笑い直した。
「……僕だってそろそろ悲観主義で固定されたキャラ付けを一新して、今を前向きに生きてみたくなる頃だと思いませんか?」
 未来を怖がって予防線を張ったり後ろ向きにばかり考えるのもけっこう疲れるものなんですよ。
 いつぞやどこかで聞いたような言い回しでもって、軽やかなウインクのおまけまで付けてきやがる。
「ふん……」
 なんでこいつはこういう仕草が様になるんだ、忌々しい。目を逸らしたのは断じて野郎のウインクがまぶしかったからではない。
 ……そうだな、俺も怖いんだ。俺たちはいつまでも高校生ではいられない。朝比奈さんの卒業は間近だ。
 できればずっと一緒にいたいが、それぞれ自分の進路を行くことになるに決まってる。その時に、それではこれで、と別れてそれきり会えなくなるかもしれない。
 願った分だけ、それが叶わなくなった時は辛いだろう。それが怖いから、予防線を張るのだ。
 でも古泉はそれをやめちまった。
 たぶん俺たちが、SOS団がそうさせた。……そうなら嬉しい。
「……あんまり極端にポジティブ方向に振り切れてもそれはそれで困るぜ。ただでさえうちには無駄にポジティブでパワフルでどこでもすっ飛んでく団長様がいるんだ。ストッパーは俺一人じゃとうてい足りんからな」
 だから、頼むから、どこかにすっ飛んでいかないでちゃんとここにいろよ。
 言外に込めて横目に古泉を見やると、古泉は夕暮れのオレンジの中で、やけに甘く微笑んだ。
「了解しました。……などと言うまでもない気がしますね。僕が未来を思い描いてみて一番に浮かぶ予想図には、あなたと、相変わらず相棒をやっている僕がいますよ」