あなたの「普通」と僕の「普通」はズレている/まあ普通はそんなもんだろ、人それぞれだ

(普通人のキョンと片思い古泉)



 俺の友人の話をしよう。
 ……いや、アレは友人に分類していいのか?
 …………いや、今さらそういう考えが湧いてくるのもなんか失礼な話だな。
 ………………だがあいつの場合背景が特殊でなあ。俺みたいなただの一般ピープルの基準を適用してしまっていいものかよく分からん。
 と、まあ話の入り口からこんな風に人の頭を悩ませてくれるようなややこしい事情持ちの野郎ではあるが、1年近く同じ部活で何かと一緒に行動し、俺が最も向かい合って遊ぶ頻度が高い相手に関する話である。普通に考えて友人でいいだろ。
 さて、俺の高校生活をちょっとでもご存じの方ならばもうお察しのところであろうが、今話に出てきた(一般的基準でいけば)友人というのは、限定的超能力者にして秘密組織・機関のエージェントたる古泉一樹その人である。うわ、改めてプロフィールを読み上げてみるとすげえ胡散臭いな。
 そう、プロフィールからしてすでに胡散臭い。それに加えて成績優秀で運動神経もそこそこ良くて顔も悪くなくて背も高くて物腰は柔和で常に敬語しゃべりで、とお前は一体どこの二次元作品から抜け出してきやがったんだと言いたくなるような要素がてんこ盛りである。
 まあ、あいつの性格付けや物腰はエージェントとしての任務をこなすために設定付けられたキャラらしいので、あいつが二次元くさく胡散臭いのはある程度仕方がない部分があるのだが。
 それにしたって、そんな胡散臭さを背負っているせいなのかどうなのか、俺は奴の「普通」の基準が時々理解出来なくて困る。
 そう、例えばこんな場面で。
「はー、手の感覚がよみがえる……」
 学校の帰り道。コンビニで買ったホット缶を両手で包んで歩きながら、俺はつい親父くさくため息をついた。仕方ないだろ。今日は冬がぶり返したような冷え込みなのだ。
 ったく、もう少ししたら卒業式シーズンと学年末試験、それが終われば晴れて春休みだってのに。店じまいの前に一暴れなんてしなくていいんだよ、冬将軍さんよ。
 俺がぼやきながら缶で暖を取る横では、古泉がやはり寒そうに首をすくませている。とはいえ、みっともなく背を丸めている俺と比べると背筋はきれいに伸びたままだ。どんなに寒くてもスマートなスタイルを崩さない、それが古泉だった。
「くそ、お前なんでそんな平気そうな面で歩いてるんだ。不公平だぞ。寒さを感じる感覚ないのか」
 つい八つ当たりぎみに絡むが、古泉は俺の隣をゆったりと歩きながら、苦笑するばかりだ。
「そんなわけはないでしょう。普通に寒いですよ。あなたに比べれば寒さに耐性はあるでしょうが、今朝は上着の一つも羽織ってくればよかったと後悔しましたし」
 どうせ俺は寒がりだよ。灼熱地獄と極寒地獄、二者択一でどちらを選ぶか聞かれたら、迷わず前者を選ぶつもりでいるくらいにはな。
「それにしたってお前は寒さに対する反応がフラットすぎる。ひょっとしてあれか?肝試しなんかで隣の奴が大げさに怖がってると逆に冷静になるみたいな、そういう心理か?俺が大げさに寒がってるからお前は寒がるタイミングを逃したのか?」
 俺が寒さを誤魔化すために適当に口から出任せを並べ立てると、古泉は珍しく目を丸くして、感心したように言った。
「……あなたも随分とユニークな発想をしますよねえ。寒さに対する反応を恐怖やパニックと同列で語る人などそうはいませんよ」
 バカ、真に受けるな。こんな出任せに真面目に感心するお前こそユニークな感性してるぞ。
「というかだな、それもこれもお前が反応薄いからだよ。赤信号みんなで渡ればこわくないじゃないが、一緒になって適当に寒い寒いと騒いでた方が寒さが紛れる気がするだろ。お前もたまには便乗して騒げ」
 俺がそう言うと、古泉は呆れたように苦笑していたが、やがて何かを思い出したように、にやにやと気色の悪い笑みに変わった。
「そういうことでしたら。どうでしょう、ここはひとつ押しくらまんじゅうでもしてみますか?」
 今度は俺が古泉の言葉に呆れる番である。
 またそれか。冬休みの長門への告白騒動の時に始まって、冬の間一緒に外を歩いているたびに言われた気がする。もちろん俺は一度たりとて頷いたことはない。
 女子が押し合いへし合い揉み合うんならさぞ眼福だろうがな。大の男2人が押しくらまんじゅうなんぞ目にも寒い光景だろうが。
 ……という理由ですべて却下してきたのだが。
「おう、いいぞ。受けて立とうじゃねえか。押されて泣くなよ」
 先ほどから言っているように春先だというのに不意打ちの寒気を食らって俺の心はささくれていた。たまには古泉を巻き込んで騒ぎたてて寒さを紛らしたいと思うくらいには。
「えっ。……」
 しかし古泉の方は俺のそんな心理を解さなかったようだ。
 なんだよ。その反応は。お前が言ったんだろうが。
「ええと、しかしあの、ここは道端ですし」
「おう道端だな。吹きさらしで実に寒い。押しくらまんじゅうのひとつでもして寒さを紛らしたくなるくらいにはな」
「人が通りがかるかもしれませんし」
「おお通るだろうな。だがこの寒波だ。通行人の方々にはちょっと申し訳ないが、アホな高校生が寒さで頭のねじを飛ばしちまったんだなと生暖かくスルーしてくださるだろうよ」
「でもあの、」
 古泉は俺の反応に本気で戸惑ったように、いつもぺらぺらとよく回るはずの口もしどろもどろである。なんだか知らんが失礼だな。言い出しっぺはお前だろうが。
「なんだよ。別に友達だったらこのくらいのふざけあい、普通だろ……だと思うんだが」
 言いながら、古泉の基準だと友達ともこういうふざけあいはしないのかもしれんとか、そもそも古泉の基準では俺は友達じゃないのかもしれん、などという考えが頭をよぎる。前者はともかく後者はちょっと面白くない想像だ。
「あ、あなたがクラスの友人などとそうするのならば普通かもしれませんが……」
「しれませんが?」
 俺が先を促すと、古泉はなぜか視線をさまよわせ、俺と目を合わせないようにしながら言った。
「……あなたと僕とは……違うでしょう。その、普通の、友人とは……」
 ……普通の友人じゃなかったらなんだというんだ。普通じゃない友人ってなんだよ。(友人であること自体を否定してるんだったらさすがにちょっといじけるぞ)
 確かにある意味で普通じゃないがそれは主にお前の背負ってる属性と事情だろ。
 と、反論しようとしてできなかった。こいつはまさしくそれを気に病んで普通の友人じゃないと言うんだろう。
「……そうかい」
 ああ、もういいバカバカしい。
 俺は反論は諦め、そっぽを向いて足を速めた。寒さはもちろん解消されていないが、もう押しくらまんじゅうなんぞやる気は起きん。
「あの、ええと、……すみません」
 古泉があわてたように追いかけてくる。
「しかしあなたは最近は特に、僕に対して気を許しすぎですよ」
 そうだな、そうかもしれん。ついうっかりお前が冗談で言った誘いに乗りそうになるくらいにはな。
 というかネタにネタで返したらそれにマジレスされた気分だよ俺は。俺が乗ってきたら慌ててマジレスするくらいなら、最初からあんなネタは振るなよな。
「……すみません。でもあなたも分かっているはずでしょう。僕はあなたと友好的な関係を築こうとする態度も、あなたと完全には友人ではいられないのも……仕事の内、なんですから」
 だから距離を取れと?古泉がネタを振ったら俺がそれを切り捨てる様式美を崩すなと?
 立ち止まって古泉を睨む。
 いざというときには俺たちの側につくと言ったくせに。あれは嘘か?お前は嘘がデフォルトだが重要な場面で必要のない嘘までつく奴じゃないと思ったんだがな。
 古泉は、何も言わずに睨む俺の視線を、気まずそうに受け止めている。
 ……いや、嘘なわけないな。あれが嘘だったら、ことあるごとにこうやって予防線を張るわけがない。適当に俺にいい顔して、押しくらまんじゅうでもなんでも好きなだけふざけあってご機嫌取りをしてればいいんだ。
 それができないのがこいつで、だからこそ俺はもうこいつは普通に友人でいいと思うんだがね。
 少なくとも、今さら赤の他人だと言ったらぶん殴って胸ぐらつかんで説教してやりたくなるくらいには、こいつの隣は気に入っているんだから。



 僕の隣で、彼は相変わらず背を丸め、両手に持った温かいココアの缶を幸せそうに傾けている。
 さっきのやりとりで機嫌を損ねてしまったようなので、僕はもうおとなしく黙って歩くのみだ。
 彼に聞こえないように気をつけて、小さく小さくため息をつく。
 彼の寛容さには、日々感嘆するばかりだ。それはもちろん日常的に慣れ親しんだ相手に気を許すのはごく普遍的な心理だろうが、どうせまた断られるだろうと思って言った戯れ言に、あっさり乗られてしまうなんて。
 彼の横顔を盗み見る。僕の視線には気づかないようだ。ココアを飲みながらぼんやりと前を向いている。
 僕は、信用ならない人間だ。ここへは機関の意向で来ているし、いつでも機関の方針が僕の方針だ。機関の人間として必要があれば彼のことだって騙すし出し抜こうとするだろう(可能か不可能かは別にして。彼はそうそう騙される人間じゃないし、出し抜くのも難しいのは分かっている)。たとえばサプライズ殺人劇を仕掛けた夏の孤島のように。
 そんな僕に信用を預けてもらっては困る。いっそ突き放してほしいくらいだ。でもそんなことをされれば悲しい。それに本当に突き放す人だったらこんなに心が傾くこともなかった。
 僕はあなたに普通に友人として扱われて嬉しいし、あなたに普通に友人として扱われて苦しい。
「なんだよ。……飲みたいのか?」
 そんなことをぐるぐると考えていたら唐突に僕の視線に感づいた彼に言われた。
 何のことだか分からなくて首をかしげそうになって、すぐに気づいた。彼が手に持っているココアの缶か。
「いえ、」
「ほれ。一口だけだからな」
 別に飲み物を見ていたわけでは、と言う前に、缶を渡されてしまった。
 目の前に突き出された缶を、つい両手で受け取ってしまい、それをまじまじと見た。
 まだ暖かい。
 ……さっきの今で、この人はどうしてこういうことが出来るんだろう。
 僕みたいな人間に。突き放しているようで常に適切な距離感と寛容をもって接してくれる彼に、僕は背を向けるような対応しかできていないというのに。
 見つめているだけの時間が長すぎたせいだろうか、彼がしびれを切らしたように口を開いた。
「……なんだよ。いらないのか?」
 僕が首を縦にも横にも振れずにいると、彼は眉間に深くしわを刻んで深くため息をついた。
「お前な、人の好意は素直に受け取っとくもんだぞ、普通。俺が金欠症の財布から出資して買った貴重なココアを一口とはいえ差し出してやってるんだ、いらん遠慮なんぞしとらんでさっさと飲め」
「は、ええと、はい……」
 彼の言葉に急かされて、反射的に口をつける。口をつけた缶の縁は、すでに甘い。
 そのまま缶を傾けて中身を飲もうとして、……はたと思い当たって、手を止めた。
「あ、でもこれでは、間接キ」
「――言うと思ったよお前は!小中学生か!いいから余計な口をきくな連想も禁止ださっさと飲んで返せ!」
 怒鳴られて、今度こそ慌ててココアを喉に流し込んだ。甘い。暖かい。甘さに喉を焼かれるようだ、と思った。
 缶を返すと、憤慨した彼は僕の手からそれを乱暴にぶんどり、すぐに口をつけながら言った。
「ったく、飲みもんひとつ分けてやるだけで手のかかる奴め」
 友達同士で飲みもんだの食いもんだの分け合うのくらい、普通にやるだろ。ぼやくように言う彼の唇の動きを、つい追ってしまう。
「あなたにとっての、「普通」はそうかもしれませんけどね……」
 僕にとってはあなたを相手にそれをするのは、普通じゃないのだ。
 あっそう良いお育ちで、とそっけなく応じる彼から視線を外して、唇に手をやる。
 焼かれるような甘さが、そこに残っていればいいのにと思った。
 ……僕はあなたに普通に友人として扱われて嬉しいし、あなたに普通に友人として扱われて苦しい。