語るに落ちること二回



「あなたを見ていると不思議でなりませんよ。なぜ涼宮さんはあなたを選んだんでしょう」
「俺に言われてもなあ」
 そんなに知りたきゃハルヒに直接聞けよ。
「出来るわけがないでしょう、そんなこと。分かっていて言わないでください」
 ならお前も分かっててそんなことをぐちぐち言わないでほしいんだが。
 俺の目の前で苺パフェをつつき回しながらぶすくれた顔で愚痴をたれるこの男、なんと驚け、普段はSOS団の副団長にして団長様のイエスマン、スマートなにこやかハンサムボーイで通っている古泉一樹くんだ。
 わざわざハルヒの行動範囲から外れた駅まで足を伸ばし、男同士で入るにゃちょいと勇気が要る小じゃれたカフェで、限定品らしいきれいなパフェをつつく姿だけは、いつも通り似合うし様になってやがるんだが。
「ぐちぐち言われたくなければ、もう少し気を回すことを覚えてほしいものですね。はたで見ていてもあなたはときどき、ものすごく無神経です」
 子供みたいに口をとんがらせて言うもんだから、台無しである。いろいろと。
 初めて見たときは普段とのあまりの落差に何が起こったのかと思ったもんだが、なんのことはない、これがこいつの地の性格らしい。
 俺は甘いもんを頼む気にもなれず、コーヒーをすすって古泉の愚痴混じりのお説教を聞き流していたのだが、さすがに飽きてきて横槍を入れることにした。
「……んで?俺がもう少し気を回せば閉鎖空間も減ってお前らの苦労も減ると。要はそういうことか」
「そうですよ!何回もそうだって言ってるでしょう」
「それにしたってなあ……」
 こんな風にねちねちと愚痴を聞かせるのは逆効果だとは思わんのか。俺が機嫌を損ねてお前らの言うことなんか聞くか、となったら困るのはお前らだろうに。
 俺の言葉に、古泉はぐっと押し黙る。頬を染めて口をへの字に引き結び、上目遣いで睨みつけてくる表情が、驚くほどハルヒのふくれっ面と似ている。……普段からけっこう思ってることだが、似たもの同士だよなあ、こいつら。
「というかお前さ、ただ俺に愚痴聞いてもらいたいだけだろ」
 機関にはそういう愚痴をぶつけられる相手はいないのか?それとも……
「そんなに俺に構ってほしいのか?」
「っ、な、」
 古泉の頬が、目に見えて赤くなる。普段は色白で澄ましたハンサムスマイルが人形みたいに見えることもある奴だが、こういうときは本当に健康的で人間的な顔だ。もっと普段からそういう顔してても、ハルヒには受けると思うぜ。
「何を言ってるんですかあなたは!そうやっていつもいつも人の神経を逆なでして、だからっ、む、無神経だって言うんですよ、だいたい、調子に乗らないでください、僕はあなたなんか」
「ふーん、お前神経を逆なでされるような奴とわざわざ出かけてパフェ食うの」
「……っ、あ、……」
 そこで黙るなよ。普段のお前だったらこういう時はもう少し気の利いた返しをするはずなんだが。
「あ……あなたなんか……。あなたの……そういうところ、きらいです」
 気がくじけてしまったのか、急に消沈した様子で古泉は肩を落とした。眉尻がへにゃりと下がるのにあわせて、つつかれるだけつつかれて放っておかれたパフェのアイスとクリームの山も、溶けてへにゃりと崩れる。
 ……なんだかなあ。
 おい古泉よ、前々から思ってたんだが、お前実は俺らと同い年じゃないだろ。
「……僕があなたと年が違ったら、どうだっていうんですか」
 ああ、だからそうやってへの字口にしたり上目遣いで睨むのはやめとけ。その表情だけでいろいろと語るに落ちてる。
 でかい図体して、大人びた見た目だが、子供みたいな表情。こいつは本当に俺より子供なんじゃないのかと疑うようになった。その疑いはたぶん、間違ってない。……そして俺は、昔から妹やら親戚のチビどもやらの面倒を見させられてるせいか、こういうタイプはどうも放っとけないのだ。
「もう少し素直になったら、兄ちゃんが甘やかしてやらんでもないんだがな」
 手を伸ばして、きれいにセットされた髪を、くしゃくしゃになで回してやる。
「わ、ちょ、ちょっと!やめてください」
 古泉は、あわてて俺の手から逃れたが、時すでに遅し。でもなあ、きっちりセット決めて取り澄ました出来すぎな謎の転校生より、髪の毛ぐしゃぐしゃでガキっぽい素の方が俺は好感持てるぞ。
 古泉は髪を直しもせずにぶすくれた顔でそっぽを向いて黙っていたが、やがてぽそりとつぶやいた。
「……やっぱりずるいですよ、あなた。はっきり言ったらどうですか」
 何を。俺が冷めかけたコーヒーを口に運びながら問うと、古泉は視線だけを俺の方によこしながら言った。
「あなたこそ、僕の愚痴に毎回付き合うのは、あなたが僕を構いたいからでしょう。……正直に言ってくれたら、甘えてあげなくもないです」
 ……俺が盛大にむせたのは、言うまでもない。
 こ、このクソガキ!いやいや、こいつはこういう奴だった。普段だって物腰こそ柔らかいが、時々やたらと鋭い切り返しをしてくるじゃねえか。愚痴大会の時にはガキっぽいことしか言わないから油断してた!
 コーヒーを吹き出さなかったのは不幸中の幸いだったが、さっきからのやりとりのせいで(もちろん、主に古泉のせいだ)けっこう店中から視線を感じたりしてるので、いたたまれない。
「ごほっ、げほっ、こ、古泉、てめ……」
 涙目で咳き込む俺を、一転して涼しい顔で眺めながら、古泉はしてやったりとばかりに、いつもと違ういたずら小僧の顔で微笑んだ。
「その顔、いろいろと語るに落ちてますよ」