世界はミスキャストでいっぱい

 ハルヒのトンデモ神通力のおかげなのか、はたまたどこかの宇宙知性体の仕業なのか、どう見てもファンタジーRPGのような世界に閉じ込められてしばし。
 今日も今日とて勇者ハルヒは居酒屋に通い酒池肉林の限りを尽くす。王様の金でな。
 こんな真っ昼間からまっとうな学生にあるまじき有閑なひとときを居酒屋で過ごしていていいのかね。いや、たぶんよくないに決まってるんだが、それをうちの勇者殿に説いて聞かせて納得させてくれるような猛者は残念ながらここにはいない。
 店の中央のテーブルで、あいつらはまだ飲み食いしつつ近所のテーブルの連中と歌ったり踊ったりバカ騒ぎをしている。朝比奈さんは相変わらずほろ酔いウェイトレスさんで、俺はバカ騒ぎと飯に付き合うのもそろそろ飽きて、ふけてきた。古泉も恐らくは同じくだろう。隅っこのテーブルに陣取って、お互いヒマを持て余している。
「まあ、腹が減っては戦は出来ぬと言いますしね」
 壁際に椅子を置いて座る古泉が、ぽろりら、と竪琴をかき鳴らしながらフォローになってないフォローを入れた。
 腹一杯すぎても戦はできんと思うが。少なくとも俺なら腹が重いときにわざわざ運動なんぞしたくない。
「そもそもハルヒは戦する気があるとは思えないしな。この三日の間にやったことと言ったらこの店でどんちゃん騒ぎをすることと宿に帰って寝ることだけだろ」
 まあ、ひょっとしたら王様に向けてはケンカ売ってるのかもしれんが。
 だが真っ当なケンカになどなるものか。キャラに割り当てる設定を間違ったとしか思えない俺たちのジョブの配置を見ていても明らかだ。
 いや、ハルヒはいいさ。勇ましい鎧姿もよく似合っている。行動が若干勇者というより勇者を騙るならず者っぽいが。(いや、その時点でダメじゃねーかというツッコミは却下されそうだ)
 魔法使いを割り当てられた朝比奈さんは(マントにローブの衣装が非常に愛らしくはあるが)、どうひいき目に見てもパーティーの知恵袋・いざというとき頼れる呪文の使い手というよりは、愛と希望の魔女っ子といった風情だし。
 知識量といいスキルといい、むしろこっちの方が頼れる魔法使い役だろう、という長門が盗賊というのも腑に落ちんし。(小柄だからすばしっこそうという発想か?)
 そして壁際で相変わらず竪琴をつま弾いては町娘たちのうっとりとした視線を浴び続ける吟遊詩人古泉は……まあこれはこれで似合ってるのが逆に鬱陶しい。吟遊詩人のくせに着ている衣装はやたらゴージャスで、例えて言うなら王子様がお忍びで冒険に出るにあたってそれらしい格好をしてみました(が、浮いてる)、もしくは公演中の旅芸人といった感じだ。吟遊詩人なんて旅芸人の一種だろうし、そういう意味ではらしい格好なのかもしれんが。
 暇に飽かせて弾くうちに日に日に竪琴の腕前が上達しているこいつではあるが、他にもっと向いてる職業があるだろうが。
「それこそ戦士とかな。運動神経だの体力だのを考えても、俺よかお前の方がまだ戦士タイプに向いてるだろ」
 俺はどっからどう見てもファンタジーRPGの戦士その1(量産型)にしか見えない自分の格好を見下ろした。
「おや。それはそれでお似合いですよ」
「とってつけたような慰めなんぞいらん」
 喧噪を遠巻きに眺めるのも飽きた俺は、よっこらせと立ち上がり、座る向きを変えた。逆座りで椅子の背を抱えながら、壁際に椅子を置いて座る古泉を見る。
 長い足を見せつけるように組みながら座る古泉は、ただ肩をすくめて見せた。
「別にお世辞や慰めではありませんがね。……まあ、どちらにしろ、あなたが戦士として配置されたのが涼宮さんの意志に基づくものならば、特に不思議とは思いませんが」
「どういう意味だ」
 ぽろん、と竪琴をかき鳴らし、まるで本物の吟遊詩人の弾き語りのように古泉は朗々と語りだす。
「そもそも、涼宮さんは後衛で守られるのをよしとはしないタイプです。彼女自らが勇者の役というのは、さもありなんと言ったところでしょう」
 ぽろりん。また、竪琴。
「さらにパーティ全体で見た時、戦力バランスから言って前衛で戦う戦士タイプは最低あと1人は欲しいはずです。勇者ハルヒと、もうひとり戦士の誰か。この誰かに、誰を入れるのか」
 そこで、古泉は意味ありげに俺に視線をよこした。
「涼宮さんがご自分と共に前線で肩を並べて戦ってくれる相手を1人選ぶとしたら、……まずあなた以外にないと思いますよ。適性がどうという問題ではないのです」
「なんでそうなるんだよ」
 俺は椅子の背の上に組んだ腕に、むっつりとして顎を埋めた。
 お前は本当に何かにつけて俺とハルヒをくっつけるのが好きだな。
「……逆に、お前に戦士よりも吟遊詩人の資質を見いだしたから仕方なく余り物で俺が戦士枠、とかだってあるだろうが」
「と、いいますと?」
「……歌の資質を買われたとか?」
 古泉はさも面白そうににやりと口の端を吊り上げると、
「なるほど。歌声をもってパーティを癒したり、士気向上をはかったり、はたまた敵方のカルチャーショックを期待したり、……アイドル的意義を見いだされた、というわけですね」
「おいこら待て」
 言い出しっぺの俺がいうのもなんだがその見解には意義を見いだすどころか大いに異議ありだ。
 お前の歌の上手さと声のよさは事実だから認めるがな、そこまでいったら拡大解釈だ。癒やしとかアイドル的存在とかいったものは朝比奈さんの管轄だろう、どう考えても。
 ハルヒだって俺と同意見だろうし、文化を知らない戦闘民族だって朝比奈さんのエンジェルボイスが紡ぐちょっとズレた旋律にこそ、ヤックデカルチャーを叫ぶだろうさ。お前じゃそつがなさすぎる。
 俺の言葉を受けて、古泉はきょとんとした後に、小首を傾げた。
「おやおや、大層な褒められようですが……冗談です」
 ぎろりと睨むと、古泉は降参とばかりに竪琴を抱えていない方の手を上げた。
 気を取り直すように竪琴を抱え直して、また、ぽろろんと弦が弾かれる。
「というより、僕では役者が不足しているのは確かですね。……僕にはステージの中央で注目される主役級のキャストなど向いていません。向いているとしたら、舞台脇で語り部となって勇者とその戦友の華々しい冒険譚を歌い上げる、まさに吟遊詩人のポジションでしょう。涼宮さんは、よく分かっていらっしゃる」
 ぽろりらぽろりらと竪琴をかき鳴らし続けながら、古泉はやけに満足そうに言った。
 何を満足そうにしてやがる。お前はどこまで自虐思考なんだ。
「自虐とは違いますよ。単にこれが僕の領分だ、と自覚しているというだけで」
「どうだかな。……だがやっぱり、この配役をしたのはハルヒじゃないんじゃないか?」
「と、言いますと?」
 古泉はまた小首を傾げる。ええい、野郎がそんなことをやってもまったくかわいくないというに。似合ってないわけじゃないのが忌々しい。
「向き不向きだの領分だの、それこそ適性の問題は置いてといてだな、ハルヒなら、自分が舞台に立ってる時にお前を舞台脇で太鼓持ちにさせとくなんざもったいないと思うに決まってる」
 なんたって団長直々に任命した副団長だ。腹心の右腕だぜ。側に置いてこき使いたいに決まってるだろ。
「だから、このミスキャストだらけの世界を設定した野郎は、ハルヒじゃない別の何かさ」
 ちらりと後ろを見やれば、ハルヒたちがいるテーブルの上ではいつの間にかアームレスリング大会が始まっている。わりと体格のいいおっさん達を相手に連勝を収めているらしいハルヒが、拳を天井に向かって突き上げたのが目に入った。
「……ハルヒをそう見くびってやるなよ」
 言いながら視線を戻すと、古泉は何とも形容しがたいアルカイックスマイルを浮かべていた。
 だがそれはたぶん、いつ何時たりとも笑顔を崩さないこいつのポーカーフェイスだ。
「……この世界に放り込まれたのが涼宮さんの仕業でないのなら、事態はより厄介と言えるのではないでしょうか」
 だが俺に内実が見て取れるようじゃポーカーフェイスの意味がないぜ。あからさまに話を逸らしやがって。だからお前はゲームが下手なんだよ。
「どうせ俺たちにゃ御しきれないって意味じゃ、ハルヒでもハルヒ以外でもそう変わらんだろ」
 俺の言葉に、古泉は小さく吹き出した。
「実も蓋もありませんね」
 苦笑いしながら古泉は肩をすくめる。うん、さっきのアルカイックスマイルよりはそっちの方がずっとマシだな。
「まあ、本気でやばい事態になったらお前も手伝え。後衛ジョブだからって前線に出るのを遠慮しなくたっていいんだぜ?」
 にやりとしながら言ってやると、古泉はもう涼しい顔に戻って、また竪琴を構えた。
「前に出たところで、今の僕には歌声でカルチャーショックを受けてもらうくらいしか出来そうにありませんがね」
 なに、敵がカルチャーショックを受けてる間にハルヒと長門あたりが隙を突いてタコ殴りにしてくれるさ。俺とお前はせいぜい、行き過ぎがないように止めに入る準備でもしておけばいい。
 背後で、わっと歓声が沸き起こった。
 振り返ると、どうやらハルヒが快進撃を続けているようだ。椅子の上に駆け上るようにして立ち、テーブルに足を掛けてガッツポーズを決める姿は実に勇ましい。普段なら危ないし行儀が悪いからやめなさい、と突っ込むとこなんだが。
 カタ、と音がして見ると、古泉が立ち上がったところだった。
「どこ行くんだよ」
「そうですね……この世界のミスキャストぶりを楽しんでみようかと」
 古泉はそう言いながら俺の側を横切ると、立ち止まった。竪琴を掲げてまた、ぽろん、とかき鳴らす。
「腕ひとつで酒場の荒くれたちと見事渡り合ってみせた勇者ハルヒを讃える歌でも歌いますよ。彼女のそばでね。あなたもどうです?」
 お前俺の歌唱力の禁則事項ぶりを知ってて言ってんのかこの野郎。それこそミスキャストだよ。というかなんでそこで歌。なにもわざわざ本気で吟遊詩人になりきらんでもいいだろうに。
「ミスキャストだと思っていたものが、やってみれば案外はまり役だった、なんてこともあるかもしれませんよ」
 ぽろろん、と楽しげに竪琴をかき鳴らすと、古泉は促すようにひらりと手を差し出した。
「や・ら・ん。……どーしてもって言うなら、音波攻撃が必要になった時にでも呼んでくれ」
 やけっぱちに言うと、古泉はからからと笑った。
「そこまで悲観するほどでもないと思いますがね。…ではその時はデュエット攻撃でもしましょうか」
 古泉はウインクを決めながらそう言うと、颯爽とマントを翻した。
 デュエットねえ。それこそミスキャストだ。俺とお前の歌声のギャップが奏でるハーモニーは、ある意味俺単体よりも聞くに耐えないだろうよ。
「はいはい。そんな時が来ればな、相棒」
 その背中にひらひらと手を振って送り出しながら、俺は席を立った。再び向きを変えて、座り直す。相棒の歌いっぷりを、とくと見届けにゃならんからな。
 ハチャメチャな女勇者に、何でもそつのない吟遊詩人、ほろ酔い加減で仕事を続ける気だてのいい魔女っ子ウェイトレスさんに、ひたすら黙々と食い続ける盗賊娘。
 それは世界の神様だったり時空の歪みの中心だったり進化の可能性だったりする破天荒娘で、日々水面下で世界の平穏のために戦い続けるエスパー少年で、未来からやってきたドジっ子な時をかける少女で、無口で読書家な宇宙人製アンドロイドで。
 そして俺はそこに放り込まれて日々流されるままの平凡きわまりない男で。
 どいつもこいつもちぐはぐすぎる。世界はミスキャストでいっぱいだ。
 だが、俺は今さら役者と配役をチェンジしようなんてこれっぽっちも思わないね。お前も何だかんだ言ってそうだろ?古泉。
 俺が肘をついて眺める先で、この上なくミスキャストでこの上なくはまり役の吟遊詩人が、勇者に捧げる歌を紡ぎ始める。
 まあ、退屈しのぎにはもってこいさ。古泉の歌なら聞きがいがあるからな。その点だけはいい人選だったと言っておこう。


お誕生日おめでとうございます!
この一年が幸多いものになりますように。
また一緒に古泉に萌えたりキョンに萌えたり、
古キョンに萌え転がったりしましょう。

君野那波
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